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サヌカイトそして金山・けいの里

 いまから7000万年前から1100万年前の地球大変革の頃のお話です。最初日本列島は大陸に含まれており、大陸に東の海にあって長い島々であった現在の九州南部、四国南部、紀伊半島、愛知、伊豆半島が一度大陸に接続された(この境界が現在の中央構造線)のち、再び離れていった(多めに)のが現在の日本列島です。そして今度は、日本の東部分がプレートに押され折れ曲がりました、これが静岡から糸魚川にかけのフォッサマグナ(大きな割れ目の意 ナウマン博士命名)という構造線です。

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 1300万年前頃、四国は徐々に出来上がり、特異なマグマの動きの中、奇跡的な条件の元で生まれたのが古銅輝石安山岩サヌカイトです。地球を構成するマントル内で溶けてできた安山岩質のマグマから成り、一般の安山岩よりもマグネシウムの含有量が多い、ガラス質の火山岩です。この火山岩を構成する鉱物である「古銅輝石(短柱状の結晶でブロンズ光沢がある)」が特徴的に含まれることから命名されました。安山岩の成因や日本列島の構造など地質学上の問題を解明する重要な岩石です。ガラス質で密度が高く重いことが音の鳴る石となった要因といわれています。地元ではカンカン石と呼ばれて、サヌカイトは学術名でドイツから日本の地質を研究しに来ていたナウマン博士によって発見され、ドイツに於いてワインシェンク博士がサヌカイトと命名しました。

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 サヌカイトは、ほとんどが讃岐地方中部に産出し、坂出にある金山と五色台のサヌカイトが代表。金山のサヌカイトは、古代の大地震で山頂が崩れ、(サヌカイトは基本的に山頂にある)小さなサイズに割れ斜面に散在しています。持ち運びの良さから、石器の材料として西日本一帯に運ばれ使用されました。これによって古代の交易が証明されたのです。金山は古代から人々にとって大切な場所であり、その後神社や寺が作られ、心のよりどころになったことも理解されます。サヌカイトを展示やコンサートをする施設「けいの里」はサヌカイトが崩れたまった中腹の平地、神社や寺と同じ場所にあります。

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 金山は、私の父 前田仁が開発して欲しいとの地元有力者からの薦めで購入し、開発しましたが、カンカン石ばかりが覆っている山は工事を困難にし途中でやめたのです。しかしそのことは全体が遺跡である金山にとって良かったことでした。今は保存をしながら施設の充実を図っているところです。同時に正しい歴史(サヌカイトや金山にまつわる伝説)の研究も大切だと感じています。

 金山中腹にある瑠璃光寺には行基作と云われる石仏が安置されており、実際に空海が仏を3体彫り村人たちと開いた寺で江戸時代までは79番札所でした。その後、札所は山のふもとに下りてこの寺は奥の院として再興されました。また長く京都・仁和寺の修行道場として、僧侶が生活をしていました。保元の乱で讃岐に流された崇徳上皇にもゆかりがあり、崩御後、京都にどのように対処をすればよいか訊いてくる間、遺骸をつけておいたとされる泉(枯れたことのない)も瑠璃光寺脇にあります。その泉の水は景行天皇の頃悪魚退治に讃岐に派遣された日本武尊の息子と兵士が悪魚の毒にやられたのを蘇生したと言われている聖水なのです。この一帯は、香川県資源研究所の施設「けいの里」が出来る前は、街から近いにもかかわらず独特な湿った重さがありました。

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 金山は小さい山ながら不思議な山で、日本でも唯一といってよいアルミニウムの原料ボーキサイトが採れる山で、戦時中は村の人たちや女学生が借り出され、ボーキサイトを採取しそれを精錬所に運びアルミを作ったのです。良質と古い書籍に書いてありますが実際は違い、少量であるため飛行機が出来たのではありませんが、日本にも原料があるという宣伝でもあったとされます。

 私が使うサヌカイトはけいの里付近にあるものばかりです。金山を大事にしていますからサヌカイトを採るために掘ったり崩したりしたことがありません。ある高さから下に転がっているサヌカイトを集めて使っています。この山は保全をし荒らされないようにするべきだと思っています。

 けいの里は今、少しだけ整備中です。今は施設は非公開ですが出来るだけ早い時期に皆様に自由に見ていただける様にしたいと思っています。史跡を荒らされるのは嫌ですし、でも子供達や地元の人たちに愛される場所になればなあと努力しています。そして取り組んでいるのは楽器の精度を上げてもっともっと良い音を追求すること、新しい楽器を創造することです。

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 1987年フランクフルト楽器博覧会に出品して以来、ツトム・ヤマシタとともにエジンバラ国際芸術祭、ストーンヘンジ・センターサークル史上初の演奏、パリやレイキャビックの教会での演奏、石の楽器けいを通じて台湾との深い交流もありました。ライネルハンプトンジャズフェスティバルへも参加。現在、小松玲子さんの演奏を通じて、昨年のパリ・ユネスコ本部大会議場での演奏を皮切りに再び世界に羽ばたこうとしています。混迷する世界、サヌカイトの音は今必要とされている、そんな気がします。


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