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北海道へのあこがれ

2022年も12月になったので、北海道旅行を計画しています。写真は2015年に北海道旅行した際に乗車した急行はまなすです。いまは存在しません。

さて北海道へのあこがれは大昔からありました。なぜならば生まれた地が静岡県という温暖のきわみのような土地で雪も降らずつもらず、すくなくとも私が生まれて育った中学生までの期間で一回も雪の確実な存在をみたことがありません。そのあとは積もったこともあったようですが他の土地で過ごしていたのでしりません。今は再び静岡県で住んでいますが、降りませんし、またさらに温暖化は進み、車のフロントガラスに霜がおりることさえ年間0日ということもあります。なんということでしょう。

北海道へのあこがれの最初のものはおそらくは私が中学生ごろから大好きな畑正憲氏の無人島移住エッセイだと思います。ムツゴロウ氏はその後の動物王国のほうが有名ですが、あれはそこで動物たちの餌とか維持費が必要だったのでやむをえずTVに出ることにしたら有名になってしまっただけで、その前にケンボッキ島に住むという活動があります。霧多布の町から見える無人島です。私は当然霧多布まではいきましたが、ケンボッキ島は無人島なのでなかなか行くのは難しいでしょう。

いったいそれで北海道で無人島に住むことが何が楽しいのでしょうか?

それを疑問に思って「バカみたい」と思う人はいらっしゃるとは思いますが、そのような方はキャンプとかテントで宿泊とかばかばかしいと思いますでしょうかね。
どうでしょう。
私はソロキャンプも好きなので西湖とかふもとっぱらとか山中湖でソロキャンプのテント宿泊しましたが、どこにいってもいいところでしたね。特に夜がいいです。雨にならないことを確認してから出かけているので、夜に起きて暗い空をみれば星があり、まあ雲もあり、よいことです。
今の日本は光害といってなかなか真っ暗な場所に恵まれないのですが。

しかし無人島は真っ暗ですね。対岸のケンボッキのまちの光は見えるかもしれませんが。私が覚えているエッセイの部分といえば、島ではティッシュがすぐなくなってそれがとても必要だという話、若い子’(漁師のなりたて)が海で船から転落して泳げないで沈んでそれをウエットスーツを着てボンベしょってムツゴロウ氏が海底に捜索にいく、ことなどです。田舎のことで、北海道なので海で遊びで泳げる時期などほとんどなく、学校にプールがなく、したがって泳ぐ練習というものをしたことないから、海に落ちても泳げない、という話でした。

北海道の厳しい自然は、と書きますが、そもそも自然というのは当たり前に人間に厳しいもので、人間の住む場所なんてなかったのです。それを無理になにかをつくってヤネの下の壁にかこまれた場所に住むようになったのが人間でありますから、不自然といえば人間、自然の対極でしょう。

北海道は雪が降り山があり川があり湿原があり、湖があり動物が暮らし魚がとれて鉄道がどんどん廃線になっていきます。昭和50年代の小学生だった私は時刻表をめくりながら北海道のやたらこまかい路線図に夢中でした。あの当時でさえまだいろいろな線があり網の目のようにはりめぐらされていた。今みる路線図はあまりにスカスカですが、だからといって北海道から人間がいなくなったわけではなく、自動車やバスで動いているだけのことです。

大学を出て半年だけ就職した会社はセールスの仕事があり、先輩と二名で北海道にいき、商品をレンタカーに積んで、札幌から帯広釧路旭川と走り、なんて北海道は広いものだと思いました。どこまでも走ってもなかなかなにも景色が変わらない気がしました。本当は変わってるのですが。

岩手に住んでいたときは北海道が近いので、函館の有名な朝食バイキングのホテルに数回泊まって有名なバイキングを食べましたが、やがて、そんなに沢山は食べられないと諦念に至りました。

2022年、死んだあとにお金をのこしてもしょうがないので今回はなかなか奮発した宿泊施設を予約して、あいかわらず一人旅ですが、年末の北海道を放浪してこようと思います。寒いところは冬いくに限ります。吹雪でうごけなければそれまでのことです。永遠ということはないでしょう。

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