刑法事例演習教材(第3版)問題6「カネ・カネ・キンコ」

刑法事例演習教材(第3版)の簡単な解説みたいなものを書くのを始めたいと思います。

今回は問題6の「カネ・カネ・キンコ」です。


■解説

まず、乙から検討しましょう。

1 乙の窃盗罪

まず、乙がアダルトビデオの占有を取得した行為に窃盗罪(刑法235条)が成立します。

2 乙の強盗・強制性交

次に、乙がD子に対し強盗・強制性交をした行為についてです。乙は中学3年生の14歳なので刑事未成年ではなく、責任能力があれば罰されます。なので、甲の脅迫により乙が完全に意思を制圧されてそれゆえに強盗に及んでいたと言えるなら責任能力がないので無罪となります。さらに、甲が完全に意思を制圧されているとすれば甲には間接正犯が成立します。そのため、このような(完全な)意思の制圧があったか問題となります。

この点に関して、乙は、甲に強盗を命令されたときには「お前を探し出して殺す」とか「警察に言ったら、わしは君が万引きしたことを学校に言うぞ」などと脅迫されて強度に畏怖していました。

しかし、甲は自分の咄嗟の判断で強盗遂行上の障害を防止するためにシャッターを降ろしたり、乙の身柄確保をしようとしたEの追跡を自らの判断でエアーガンを使用して傷害を負わせた上でさらにEから財物を奪うという行動を見せており、さらには自らの判断で強盗の後に被害者の女性を強制性交するなど、犯罪遂行をする上で自分の独断の判断を実行に移したり、臨機応変ない対応をして自分の犯罪を遂行するという意思が見られることから、犯罪遂行を意思が制圧されていたわけではないことが推認できます。

さらに、自らの万引き発覚を防ぐという目的も有していることも自らの犯罪を遂行する意思を持っており、意思が制圧されているわけではないことを推認できます。

以上から、甲は完全に意思を制圧されているわけではないと認定することができます。

したがって、乙に強盗・強制性交等罪が成立し、甲に同罪の間接正犯は成立しないと言えます。

3 乙のEに対する事後強盗致傷 or 2項強盗致傷 or 強制性交等致傷

次に、乙が追ってきたEをエアーガンで打って負傷させたと言う「致傷結果」をEに対する事後強盗に帰属させて事後強盗致傷とするか、Eの返還請求に対する2項強盗に帰属させて2項強盗致傷とするか、あるいはD子に対する強盗・強制性交等に帰属させるかが問題となります。

(ちなみに、強盗・強制性交等罪は強盗致傷罪よりも罪が重く、強盗・強制性交等傷害罪という罪は刑法上存在しないので、強盗・強制性交等罪の際に致傷結果が生じても、「強盗・強制性交等致傷罪」と言う罪は成立せず、強盗・強制性交罪のみが成立します)。

この点、刑法238条(事後強盗罪)の「窃盗」に強盗が含まれるとの見解(山口厚「刑法各論」2版などがこの見解に立つ)に立てば、Eに対する乙の事後強盗罪が成立するので、致傷結果はここで評価されて、事後強盗致傷罪が成立します。

あるいは、乙のEに対する2項強盗罪が成立すると解すれば、ここに致傷結果を帰属させて2項強盗致傷罪が成立すると解することができます。

(2項強盗罪と事後強盗致傷罪が両方成立すると解すれば、2項強盗致傷罪と事後強盗致傷罪の法条競合や観念的競合あるいは包括一罪が成立すると解することも可能です)

上記のいずれも成立しないと解するなら、強盗・強制性交等罪に致傷結果を帰属させられるかが問題となります。それも無理ならEに対する致傷結果は単に傷害罪と評価することになります。

強盗・強制性交等罪に致傷結果を帰属させるには、「致傷結果がいかなる場合に生じれば強盗致傷罪が成立するか」と言う例の論点でいかなる立場によるかが決まります。

私は、強盗で致傷結果が生じるのは強盗の手段である暴行・脅迫と事後強盗類似の状況におけるときであるから、拡張された手段説(山口・西田など)の立場に立ちます。ですから、Dの強盗・強制性交等のあとに直ちにEが追跡を開始しており、事後強盗類似の状況で傷害結果が生じたと言えます。

4 Eの財布に対する強盗罪 or 窃盗罪(新たな暴行脅迫必要or不要)

乙がEにエアーガンを撃つという暴行行為の時点でEの財布の奪取の意思はありません。このような暴行脅迫後の財物奪取意思が生じた事例において、強盗罪の成立に新たな暴行脅迫が必要と解するか、不要と解するかが問題となります。

新たな暴行脅迫不要説に立てば、強盗罪は成立します。必要説に立ってもエアーガンを撃った後に「文句はないな」と睨みつけて言った行為を「反抗を抑圧する程度の脅迫」と評価すれば強盗罪が成立します。そのように評価するには、新たな暴行脅迫緩やかに認められるという見解に立ち、エアーガンを持って強盗のトレードマークである目出し帽を被った乙が睨みつける行為が反抗を抑圧するに足りることを論証すべきと考えられます。

必要説に立って、強盗罪が成立しないと解すれば窃盗罪が成立すると解することになります。

ちなみに、財布は捨てるつもりでも中身の2万円を取得する意思がある以上、不法領得の意思は財布1個について認められます。

5 甲の罪責(正犯意思、共謀の射程)

次に甲の罪責を検討します。

甲は(乙に対する脅迫罪・強要罪を検討する場合ならともかく)、実行犯としては何もしていないので、背後者としての共犯が成立するかを考えます。その際、まず、共同正犯が成立するかという問題と、それがどこまで及ぶのかという共犯の射程の問題を考えます。

まず、間接正犯にならないことはすでに論証しました。ですから、共謀共同正犯が成立するかを考えます。

共謀共同正犯の要件は①共謀(意思連絡と正犯意思)、②共謀に基づく実行行為です。

まず、Dに対する強盗罪について検討しましょう。
まず、意思連絡はあると言えます。意思連絡は意思表示の合致ではなく連絡があれば足りるので、対等の立場でなく一方が他方に脅迫等を用いて命令する場合でも成立する言えます。

さらに、甲は自分が使った30万円をスナックから取り戻したいという自己の目的達成のために乙を利用し、35万円を犯行によって取得した中から32万円という分け前のほとんどを自分が取得していることから自己の犯罪として行う意思があると言えます。さらに、財物奪取の道具及び対象や手段等の具体的な計画を自ら提示しているので重要な役割を果たしたと言えます。

従って、①共謀が成立すると言えます。また、犯行計画等主要な点において共謀に基づいて行動してると言えるので因果性もあると言えるでしょう。したがって、少なくとも強盗罪の共同正犯は成立します。

では、この共謀はどこまで及ぶでしょう。

まず、Dに対する強盗に対しては及びますが、強制性交に関しては、甲は想定しておらず意思連絡もなく甲の独断と言えるので、共謀の射程は及ばないと言えます。

また、Eに対する致傷結果を強盗強制性交等罪に帰属させるなら、結果的加重犯である以上甲の罪名を強盗致傷罪に帰属させることができるでしょう。(異論もありえます)ただし、因果性を認める必要があります。

財布に対する強盗は意思連絡にも含まれておらず、因果性もないと言えるのでしょう。なので、共犯は成立しません。


検討すべき点としては以上のものが考えられます。

長文の閲読ありがとうございました。














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