未遂犯論と不能犯論の位置付け
(結論だけ知りたい人は、最後に図示したものをご覧ください)
1 不能犯論の問題点
不能犯論は落としやすい論点の一つです。
不能犯とは、たとえば、甲がベッドの中にいるVを殺そうと思いV宅に侵入し銃を発射したが、実はベッドの中にはいなかったという場合に、未遂犯の成立を肯定できるかという問題です。
つまり、行為者がある犯罪の結果を発生させようと思ったが、結果を発生のための基礎事情について犯人の主観と客観が食い違い、結果を発生させることができなかった場合に問題になります。
(「主観と客観の食い違い」というのがここでのポイントになります。主観と客観が違う場合は不能犯は原則として問題になりません。)
早すぎた構成要件の実現(クロロホルム事件)などの未遂犯論と、犯人が結果惹起が不能であった場合に未遂犯すら成立しないとする不能犯論は、共に「未遂犯が成立するか」という問題です。
しかし、両者は共に「未遂犯の成否」という体系上の位置付けなのに未遂犯が成立するかという論点と、不能犯が成立するかという論点は、違う領域のものだ、全く別の論点だという風に多くの教科書や大学の先生から論じられる傾向があります。
これが学習者が混乱する理由なのです。
これらは本来、未遂犯の成否という体系上同じ位置に位置付けられるはずです。
この記事ではこの未遂犯と不能犯の判断基準の不一致について考察を加えたいと思います。
2 未遂犯の成立条件
未遂犯が成立する条件は、行為によって構成要件的結果発生の現実的危険が生じることです。これが通説・判例である実質的客観説です(対義語は形式的客観説)。
(法文に則していうと「実行の着手」(刑法43条)が認められて未遂犯が成立する。)
これは、未遂犯を「構成要件的結果発生の現実的危険」という危険が(客観的に)発生することを条件に成立する犯罪、つまり危険犯であると捉える見解であるといえます。
3 不能犯の整理
では不能犯は体系上どこに位置づけられるでしょう。
不能犯だけ犯罪体系から外すのは問題ですから、未遂犯と不能犯の問題は体系上同じ位置に位置付けられる必要があります。
まず、。当たり前のことを確認しましょう。不能犯とは未遂犯の成立条件である「構成要件的結果発生の現実的危険」が発生しているかどうかを判断するための問題です。
(これは意識的に書かれていることは少ないように感じます)
つまり、根本的な意味で、未遂犯と不能犯は体系上の位置付けはズレないはずです。
先ほど確認したように、不能犯は主観と客観が食い違った結果、構成要件的結果発生の危険がそもそもなかった場合の問題です。
つまり、通常の未遂犯の成否が問題となる事案では、端的に「構成要件的結果発生の現実的危険」を判断すれば良いですが、
不能犯が問題となる事例では、被疑者の主観と客観がズレているため、構成要件的結果発生の現実的危険をどのような視点から判断すればいいか
(被疑者の視点かそれを見ていた一般人の視点か、それとも科学法則など客観的な立場(神の立場)か)
をまず判断する必要があります。
つまり、不能犯論とは、未遂犯成否(構成要件的結果発生の現実的危険の有無)の判断をする上での視点設定の問題に過ぎないと言えます(これが本稿の結論です)。
そうすると、不能犯論は、論理的には常に
不能犯論→未遂犯 の順序
で、
未遂犯論に、論理的に先行している論点であると整理できます。
(=行為者の主観と客観に食い違いがない場合は、たまたま危険発生の視点設定を問題にする意味がないだけに過ぎないのです)
繰り返しになりますが、不能犯論とは、未遂犯の成立条件である「構成要件の現実的結果発生の危険」
があるかどうかを判断するための視点をどこに設定するかという問題であるからです。
そうすると、不能犯論が問題とならない普通の未遂犯の事例では、犯人の主観と客観のズレがなく、そもそも「構成要件的結果発生の現実的危険」をどのような視点で判断するかが問題とならないだけであり、
常に存在している領域であるといえます。
4 では、客観的危険説は?
不能犯の通説は(修正された)客観的危険説と言えるでしょう。
(具体的危険説で答案を書く受験生や、判決を書く裁判官もいますが、学界通説は修正された客観的危険説だと言えます。)
これは、科学的知見も踏まえて、事後的に構成要件的結果発生に至る現実的危険が客観的にあったかどうかを精査するという見解です。
(事後判断というのと、科学的知見"も"踏まえて客観的に判断する、というのがポイントです)
すでにお気づきの方もいるかと思いますが、これは視点設定を①事後、②客観重視と確定して、未遂犯論の実質的客観説と同じことをしているだけです。
つまり、修正された客観的危険説とは、実質的客観説の前に視点設定の問題を加えているに過ぎないのです。
このように、不能犯と未遂犯は一元的に理解することが可能ですし、そうすべきです。
5 まとめ
以上のことを踏まえると、不能犯は犯罪論体系次のように体系上位置付けられると図示できます。
構成要件該当性
(1)実行行為性 <実行の着手があるか=構成要件的結果発生の現実的危険があるか>
①不能犯=構成要件的結果発生の現実的危険があるかはどの視点から判断すべきかという問題(被疑者視点、一般人視点、客観的視点)
↓
②未遂犯=そのような視点から構成要件的結果発生の現実的危険が実際に発生しているかの問題
(①は犯人の主観と客観のズレがない場合は発生しない論点で、論理的には通常の未遂犯論に必ず先行している)
(2)結果、因果関係
(不能犯の事例ではそもそも結果なし、したがって因果関係もなし)
(3)故意
違法性阻却事由、責任阻却自由
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?