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大島保彦先生「上級語法研究」から「ギリシア語ラテン語超入門」へ

かれこれ20年以上ことばにかかわる仕事をしてきたのだが、振り返ってみれば、30年ほどまえの夏、駿台予備学校で大島保彦先生の「上級語法研究」を受けてことばのおもしろさを知ったことがそのきっかけと言ってもいいかもしれない。

「上級語法研究(夏)」と「上級語法演習(冬)」は何ヶ国語にも精通した大島先生の代名詞のような講座で、前置詞や動詞がおびる語感やイメージを伝えてくれたり、単語を語源から解説してくれたりするので、ギリシア語やラテン語とのつながりまでも見えてきて、ことばはこんなにも密接に絡み合っているのかという、大島先生ふうに言えば「脳みそが喜ぶ」ような、まさに発見の連続だった。

現在その2講座は「語法と読解(夏に架ける橋/冬に築く砦)」と名前を変えて発展しているようで、さいきんになって古書でテキストを入手することができたので30年前のじぶんのテキストと比べてみた。語法解説の骨格は変わっておらず、わたしが聞いたのとおなじ解説をいまの受験生も聞いていることがわかった。とうじ大島先生は30代後半、いまのわたしよりも若いのだが、そのころには既に仕事の骨格ができあがっていたことにおどろくほかない。

若かったといえば、お茶の水校での講習のさい、<このタームは、奥井潔、伊藤和夫、山本義隆……大御所と乗り合わせてたいへんな緊張を強いられるエレベーターで、「あっ先生、3階ですね。どうぞ」なんてエレベーター係までしていて、教室にたどりつくまでに疲れはてている>みたいな話をして生徒を笑わせていたことを思い出した。19歳のわたしからしたら、奥井先生も大島先生も英語教師としてのおおきさはおなじであったが、いまとなってはその「緊張」はわかる気がする。

多感な時期に耳にした話は、夢の一場面みたいに記憶の片隅に残っていることがある。他にもたとえば、ヨーロッパ人にとって他の西欧語は方言みたいなもので、フランス人はイタリア人が話すことの半分くらいは理解できるという、日本人にとってはウラヤマシイかぎりの話が記憶に残っている。

<大学時代に東北出身の同級生の下宿に遊びに行ったとき、実家から電話がかかってきて横で聞いていたら、「あ、あ母さんな……*¥@&%$#!?」そのあとまったく理解不能>
<「情報」は、ドイツ語では「インフォルマツィオーン」、スペイン語では「インフォルマシオン」、フランス語では、ほんとうはもっと相応しい語があるのですが「アンフォルマスィオン」、イタリア語では「インフォルマツィオーネ」。鹿児島弁と青森弁よりちかいでしょう?>

いまから7年ほどまえに、思い立ってフランス語をまなびはじめたのも、大島先生におおいに刺激された脳みそが活力を失っていなかったからだろう。フランス語を学びはじめると、「大島先生が言ってたあれってこのことだったんだー」というような発見があって面白い。いまでは、さきほどのフランス語で「情報」を表わすもっと相応しい語はrenseignementだと分る。

この夏、あるオンラインセミナーで大島先生の「ギリシア語ラテン語超入門」を受けた。これがまさに先生の雑談箱をひっくり返したみたいな講座で(伊藤和夫先生のモノマネを30年ぶりに見られたりして)、たいへん面白かった。calamus gladio fortior(ペンは剣より強し)からラテン語文法の、παντων χρηματων μετρον εστιν ανθρωπος(人間は万物の尺度である)から古代ギリシア語文法の姿を、ほんのすこしだけ覗かせてくれた。

「超入門」ということで、やはり英単語との語源的つながりの話が多かったが、ラテン語ギリシア語から英語などに引き継がれていったのは、辞書の見出し語として掲載されるかたち[=日本語なら終止形]ではなく、その活用語であるというような、予備校の教室から一方すすんだ話が聞けた。

大島先生がすごいのは話がここから日本語の世界にも展開していくことで、(有名な話だが)大野晋編『岩波古語辞典』で動詞の見出し語が連用形で示されている理由ともつながるというのだから、たいへんなことである。

今日では、動詞は終止形を見出し項目として配列するのが普通である。しかし、終止形は実は全活用の中で、わずか一割前後の使用度数しか持たない。最も多いのは六割に達する使用頻度を持つ連用形である。[略]従って、動詞を連用形(起き・受け)で見出しとすれば、文献に出てくるままの形で検索できる割合が高い。動詞と名詞との関連も把握しやすい。そして、終止形を求め出す困難なしに動詞項目を引くことができるであろう。これは、連用形が動詞の基本形であるという国語史的事実の反映である。

『岩波古語辞典』「序にかえて」

大学時代に『岩波古語辞典』を使い出したとき、この方針を知って驚いたのだが、その驚きが30年ぶりに腑に落ちる夏となった。
(散録2023年9月記)

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