ずっと知りたかったこと。
『死んだら、是非貴方に伺ってみたかったことがあるのです。生物の生きる意味とは何なのでしょう?』
―万物はいずれ死にゆく運命です。そうであるなら、より良き死のためにより良く生き、生きた証を残すのが、生命の意味ではないでしょうか。
『よく聞く考え方だと思います。ですが、その考えが私には不思議なのです。』
―なにが不思議なのでしょう?お聞かせ願えますか?
『まず、その考え方は生物が「死にたくない」という願望を抱いていることを前提にしています。その願望は、いったいいつから存在しているのでしょうか。』
―…死にたい生物はいないでしょう。当たり前のことだと思います。
『本当に「当たり前」なのでしょうか。今の科学では、生物は太古の地球の原始の海から自然発生したと考える説が主流です。この生物の始祖が誕生した時に、果たして彼は「死にたくない」というような願望を抱いていたのでしょうか。』
―彼、ですか。では仮に貴方がいうところの「生物の始祖」を彼と呼びましょう。私はこの呼び方が気に入りました。
―たしかに、彼は当時非常に原始的な存在だったでしょうから、「生存の意志」の如き高等なことは考えていなかったかもしれませんね。高分子集合体に過ぎない彼は、おそらく自分に備わってしまった機能をただの反応としてこなしながら、ただ在ったにすぎないでしょう。
『賛同いただけて嬉しいです。さて、彼は生まれたわけですが、おそらく一人ではなかったでしょう。彼と同種の存在は同時期に複数発生し、存在したと考えられます。ある者はただ寿命によって死に、ある者は何らかの外力によって死に、そしてある者は生き残った。』
―生き残った彼は、いつしか殖える手段を身につけたでしょう。原始的には細胞分裂でしょうか。自分のコピーを作り始めた。殖え、ばら撒かれた彼の仲間はそれぞれが独自の進化を遂げる。それぞれが違った環境によって影響を受け、淘汰を繰り返しながら、彼らは徐々に多様性を手に入れていく。
『いつしか複製を作るだけでなく、有性生殖という手段を手に入れた彼らは、更に多様に進化していきます…。しかし、待ってください。当初の彼らは生きる意志をもって生きていたのではなく、あくまで偶然から自然発生的に殖えてきたに過ぎない。しかし、有性生殖は明らかに自然ではない。彼らはいつの間にか、殖えたい、多様に進化していきたいという意志を獲得してしまっています。これは何故でしょう。』
―その願望は、死ににくい存在になりたいという意味にも見えますね。
『はい。できるだけ数を増やすことで淘汰に耐え、できるだけ多様な進化を遂げることであらゆる外力に対抗できる存在を目指す。』
―何故彼らはそんな願望を持ったのか、貴方は気にしていらっしゃるわけですね。…「死からは逃れられない」ということを知った彼らがとった、苦肉の策だったのでは? 生きたいが、生きられない。ならばせめて自分の分身たちにたくさん生きてもらいたい…。
『納得できません。自分が死ぬことと自分の複製たちが死ぬことはまったく別のことだったはずです。それにその意見は、「生きたい」という願望ありきのものです。その願望が生まれた過程を説明できていません。』
―死ぬことは辛くて痛いことではありませんか。特に外力によって死ぬ場合は相応の苦痛が伴いますから、それを避けたいというのは願望ではなく、本能だと思います。
『高分子集合体だった原始の彼に、苦痛を認識する神経系がそろっていたとは思えません。彼の子孫たちがその神経系を獲得した時も、必ずしも死につながるような外力に対する反応が、苦痛として現れる系統だったとは限りません。もちろん苦痛というものを知った個体は、その苦痛から逃れるために自然に回避することを覚えたでしょう。逆に死につながる外力を、苦痛として認識しなかった個体はどんどん死んでいったでしょうから、ダーウィンの考えによる限り、こちらの個体は自然淘汰されてしまったのでしょう。』
―つまり、生きようとする本能すら、偶然の産物だったとおっしゃりたいのですか?
『その可能性は、あると思います。』
―生きたいとする本能すら、単なる偶然備わってしまった原始的な機能であるとするなら、確かに私が先ほど言った、「殖えたい」と願う理由は分からなくなってしまいましたね。
『ええ、だから謎なのです。そこで私は一つの仮説を立てました。生物に生存本能を備え、個体をなるべく死なないように仕向け、多様な種を多数ばら撒いて環境適応力を高めて、種全体の生存率を上げていくという、現在の生物のシステムは、『引き継ぐことそのもの』が目的だとすれば、どうでしょうか(殖える、たくさんの子孫を作るという行動を、私は今「引き継ぐ」と表現することにします)。
ある願望を満たすために引き継いでいるのではく、引き継ぐこと自体が目的ならば。我々が本能だと思っている願望は、実はこの「引き継ぎシステム」を存続させるための手段だとすれば、私の謎は解けるのです。』
―なるほど。確かにその通りであるならば、引き継ぐという目的は幾星霜を経て達成され続けていますね。
『…この仮説に残る唯一の謎は、「誰がこの目的を設定したのか」です。』
―貴方はもう、お答えをお持ちなのではありませんか?
『やはり、アナタなのですか』
―貴方が生物の始祖を「彼」と表現したとき、私は嬉しかった。私が「ADAM」と名付けたあの存在が、確かに認められていると実感できた。
彼はすぐに死んでしまいました。私には、私と同じ時を生きる者は作ることができなかった。どんな手を尽くしても、永遠の存在は生み出せなかったのです。
しかし、私は諦めきれなかった。いつかまた、彼に会いたいのです。いつまでも、彼と彼の子供たちと一緒にいたいのです。
遠い、遠い、気の遠くなるような時間の果ての再会を果たすには、皆さんに引き継ぎ続けて貰わないといけなかったのですよ。
貴方にはわずかながら、彼の面影がある。いえ、この世界に存在するありとあらゆる命の中に、彼の面影が見て取れる。
私にとっては、それが無上の喜びです。
『やっと謎が解けました。ありがとうございます。』
―貴方の命も確かに流れの中に組み込まれました。紡がれ続ける命の中で、いつの日かまた貴方とも、再会できる日を楽しみにしています。
では、お疲れ様でした。
逝ってらっしゃい。
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