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のらのねぐら ②

「行っても……私、そういうことはシないよ……?」
もうすでに何度、同じことをいっただろう。それでも、相手はにこやかで表情を少しも曇らせない。
「いいよ。そういうんじゃないから」

本当のところ、何もしないなんていう建前を否定しているのは自分自身だ。

この人とはすでに何度かデートをしている。
彼のこと硬派なタイプとも思っていない。どちらかというとあそんでるタイプだと思う。だから、なにも考えたくない時に呼び出すことに罪悪感もない。
これまでなら、いつも21時頃を見計らって電車のホームまで送ってくれるのに、今日はなんだかんだ理由をつけて引き延ばされて気づけば1時だ。もちろん、終電はない。

「お店そろそろ終わるね。うちでいいよね?」

それ以外にスマートな手段はないよと、やさしくも有無を言わせるつもりはない男の目を見つめて口をあけては言い飽きたセリフを言おうとして、飲み込む。

正直、もう眠くてしかたがない。
初心ぶるつもりもない。
そこまで警戒するなら、1軒目で毅然と帰るべきだった。

サイはすでに彼が投げてしまった。あとは、野となれ山となれだ。一応の拒否も単なる予定調和にすぎない。あんまり簡単だとお互いつまらないから。山ほどのいいわけを心につみあげる。

店の外に出ると、夏の夜にしては肌寒く自然と身震いした。知ってか知らずか手を握ってくる男の手が、やけに暖かく感じた。
ここ最近、連絡もほとんどない想い人のものとは掌の厚さも大きさも全然ちがうのだなと、ぼんやり思う。

――あの人のは、もっと骨ばった冷たい手。

―――


「ちょっと荒れてるけど、上がって」
20分もマンションの前で待たされただけあって、言葉とは裏腹に室内はこざっぱりとしてあまり物はなく、新築の綺麗なワンルームのベランダに続く窓からはスカイツリーが小さく光っていた。

所在なさげに廊下に立っていると、彼はあっといってTシャツと短パンを手渡してきた。
「着替えたら?服シワになってしまうよ?」
随分女性を泊めるのになれてるのがわかると、肩の力が抜けた。
こんな相手に今更気取る必要なんてない。
洗面所から出ると、彼もスーツからラフな恰好に着替えていた。
「もう、眠い?」ときかれたので、素直にそうだと返してみる。
正直のところ、このまま寝かせてくれるとは思ってはいない。自分とは違って、男のほうはずいぶんと元気そうだ。
床で寝かせてもらえればいいというと、そんなこと女の子にさせられないでしょと笑われる。押し問答しても仕方がないのでしぶしぶ、言われるままベッドに入る。
彼はそのまま洗面所へ行っていろいろ就寝前の準備をしているらしかった。
しばらくうとうとすると、背中に気配を感じた。ハッと意識が覚醒して批難めいた悲鳴をあげて壁際に逃げこむと、
「ふっ……別にベッド使わないとはいってないけど?」
笑いながら悪びれずにジリジリ距離をつめられて、すぐにつかまった。
腰を熱い手が撫でるといよいよ動揺が隠せなくなる。
覚悟してなかったわけじゃないけど、もう今日は放免してもらえるとばかり思ってたから、焦る。
「しないしないしない……!」
失礼なほど拒否すると彼は深いため息をついて、分かったからこのまま何もしないから暴れるなといってそのまま寝息をたてた。拍子抜けして体の力が抜ける。見知らぬ部屋の時計の音だけがやけに耳の奥に響いて、体に巻き付く男の四肢が重く、とてもじゃないが眠れる気がしなくなってしまった。


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