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のらのねぐら ⑥

「感心……しないな」

やけに優しい声色で、横に座る男は腕を組んで私を諭すように厳しい目で見つめた。
私は彼――大学の先輩――から目を逸らして広いカラオケルームの大きなモニターの前で、酔って浮かれまくる男たちを眺める。何人かがパンツ一丁で縦ノリしながら熱唱していた。クリスマスイブにわざわざ好き好んでつるむ集まりにふさわしい下品さだ。

あの人が1ヶ月前突然あんなこといわなければ、こんな会には来なかった……悔しさで、唇を噛む。

あんな……わけのわからないこと……。

3年ぶりに会ってそのまま部屋に泊まって以来、そのまま私には興味をなくすだろうという自身の予想に反して、男は毎日かかさず電話をしてきては週末ごとに会う約束をとりつけた。
しかし、その親密さとはうらはらに私は彼にのめり込んだりはしなかった。頻繁に来る誘いの電話や部屋に感じる私ではない来訪者の雰囲気が、深入りするなと私に警告していたからだ。
ただ、そういったことに特段落ち込んだりしなかった自分に驚いてもいた。
とにかく私は、私たちは上手にほどよい心地よい関係を築いていると思っていた。

クリスマスの予定をきいたのがまずかったのか?
そんなことで?先約があれば断ればいいのに、なぜわざわざあんなこと?
週中にきてた女性とつきあうことにした?それにしては彼女の痕跡、もう跡形もない。

答えのない推測をぐるぐるしていると、横にすわる先輩はしびれを切らしてさらにたたみかけてくる。

「……そんな、体だけぽいのやめな……キミには幸せになってほしい……」
「いや、やめるも何も「結婚できないから、別れる」って振られましたから」

予想外の返答に先輩はポカンと呆ける。

「そりゃまた、おかしなふりかただな」
「おかしいんですよ。だいたい付き合ってないのに……意味不明なんですよ」

1ヶ月前の情景を思い返して、むかっ腹がたった。ほとんど口をつけてなかったビールを一気に胃にながしこむ。

「おいおい……あんまりムチャすんなよ」

先輩はそういいながらも嬉しそうに私のグラスをさげて、目配せして酒の追加注文を頼むと、真剣な表情をつくっては

「やっぱりやめな……自分大事にしてほしい」と囁いてきた。

女のぶりっ子、男の兄貴風、
そのこころは、ボディタッチ。
我が標語を心の中で毒づいて、腰にまわされた腕からさりげなく逃げる。
一気に興ざめだ。
所詮耳障りのいいことをいうこの男も私を利用して虚栄心を満たそうとしているに違いない。
ならまだ、素直さがある分あの人のほうが好ましい。

なにをうじうじしているんだろう。
なにが、結婚できないだ。
バカじゃないの。
別れるだなんて、つきあってないんだから無効。

気がついたら、メッセージを送ってた。

「なにしてんの?」
1分と待たず、返信がくる
「なにも、暇。会う?」

「会うの?」
やりとりの一部始終を眺めてた先輩が横やりを入れる。きっと会わないっていったらこの人は私の従順さを喜ぶんだろうな、と思うとどうしても反抗心が高まった。
「……応援、してくださいね」
満面の笑みで甘えると彼はおおう、とかなんとかいって狼狽えた。なんとなく形ばかりの先輩をやり込めたのが気分良くて、私はとても軽い足取りで男との待ち合わせ場所へ向かった。

―――
約束の時間よりも早くデパ地下の入口に着いて少しすると、男は嬉しそうな顔をして小走りで近寄ってきた。少し離れたところで立ち止まって私を上から下まで眺めて、彼は、やせた?と声をかけた。

「つきあってもいないのに、結婚できないっていう謎の理由で振られたから食事も喉を通らなかった」

口からでまかせをいうと、彼は一瞬気まずい表情をしてすぐに、またまたと軽口をたたいては私の肩を抱こうと手をのばした。

ピシャリとその手をたたいて制止する。

しゅんとうなだれる男を見てささくれた心が潤うのを感じだ。
それから、私は彼を徹底的にあしらうことに決めた。1ヶ月のうっぷんを晴らす如く、あしらてあしらて……でも彼は嬉嬉としてそれに甘んじた。

「じゃあ、ケーキもおいしかったし遅いから帰るよ」
部屋でまったり食後の時間をすごして、頃合いを見てそう嘯くと、今まで余裕でわがままにつかあってきた男も少し焦った表情で、帰るのかと私を引き止めた。
「……つきあってない人とはソウイウことしないの」
私たちの間においては、もやはなんの意味もないことを悪戯にいってみる。単なる冗談だ。
しかし、笑われるのを待ってたら、意外にも彼は頭をかいて苦笑した。
「……わかった。じゃあ、つきあうよ」
予想しなかった反応に、言い出したのが自分なのも忘れて私はせつなくなった。

そんなの……そんなの……うそじゃないか。
ただ、いつもの軽口で引き止めて欲しかった。そしたら、前みたいにもどれる。

「……うそつき……ムリすんな」

抱きついてくる耳元で囁くと、彼はふっと笑ってくれた。クツクツと私も笑い返した。

その日から彼は1日も欠かさず電話をしてくれた。毎週末会うようになり、気づけば週の半分は彼の家から仕事へ通うようになった。けんからしいけんかはほとんどなく、春の陽気のように、優しくおだやかな生活だった。

それでも、彼はときどき思い出したように「おれたち、付き合ってないよな」とにやにやしながら私にたずねた。
その度、私は「そうだね、付き合ってないね」と彼の望む答えを返した。

『付き合う』というのがなんなのかがいつしか、私はちっとも分からなくなった。


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