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のらのねぐら ③

私はいったいなにをしているのか。

なぜ、こんな恰好で、こんな……こんな……ほとんど裸で男の人とこっけいな押し問答してるのか。
「やめて……!パンツ、やぶけちゃうでしょう!手を離して……!!」
涙目で絶叫すると、さすがにシラケた雰囲気になったのかあっさり男は解放してくれた。
夜は疲れからか、結局手を出さずに寝た彼も朝、それを取り返そうとしただろう。

まどろみから目が覚めて気がついたらキスを浴びせられ、あれよあれよという間に着衣を剥ぎ取られている最中だった。
なんとか、下着に手をかけられたところで必死に抵抗して冒頭にもどる。

「いまさらなんでだよ」

彼の声には明らかな不満がこめられていた。とたんにバツが悪くなった。

わたしだって……わたしだって……うまく流されるものだって思ってた。

うまく流されて、あの人のことを想う気持ちを少しでも紛らわすことができるって期待してた。
だけど、ダメだった。ほかの男じゃ抱きしめられるのもダメだなんて思いもしなかった。

「付き合ってもいない人と、そういうことしたくないの」
苦し紛れに答える。
「なんだよ……それ……」
あきれたため息が返ってくる。
なんというお互いが分かりきったウソをいってしまっただろう。
恥ずかしさで顔もあげられない。
彼はなにもいわなかった。
このまま永遠になにもいわないかと思われたけど、しばらくの沈黙を経て、
「別に……絶対したいとかいうわけじゃないから」
と吐き捨てるように言って、彼はTシャツに乱暴に首を通した。

いたたまれなくてこちらもすばやく服を着てすぐに帰ろうとすると、意外にも駅まで送ってくれるといってくれた。
タクシーできて駅の方向も分かってないから、とても助かる。
機嫌をきっとすごく損ねることをしたのに、彼らしい気づかいを感じてさらに申し訳ない気持ちになった。
なんとなく好意を踏みにじった気がするのはなんでだろう。でも、別にわたしだってそんな非道なことはしてないはず。

駅までの道程、お互いひとこと発さず気まずい沈黙だけでこの関係が終焉するものだと思われた。

「じゃあ……付き合う?」

名案を思いついたように、彼は明るい声色できいてきた。

――思いつきで付き合うってなに?
――ヤりたいだけでそんな適当なことをいうの?
――好きでもないクセに……!

自分でもなんでだか分からないほど、瞬時に頭が沸騰して目頭が熱くなる。

「なぁ……聞いてんの……?」
「オレ、キミと付き合ってもいいよっていってんだけど……?」
「ねぇ、待てって……」
駅が見えて無言を貫いていた私が歩くスピードをさらにあげると、彼は制止しようと私の腕をつかみかけた。
パン―――ッ!
反射的に腕を振るとお互いの手が派手にぶつかった。振り返ると彼はあっと小さくいって、手をすぐに引っ込めて困惑した表情を浮かべた。

「つきあわない!じゃあ、つきあおう……なんていう人とはつきあわない!」

自分の怒鳴り声で我に返ったけど、もう何もかも遅すぎて逃げるように地下鉄にかけこんだ。

走りながらようやく気がつく、これは完全な八つ当たりだ。想い人との不毛な関係に重ねてしまったイラつきをあの男に不当にぶつけてしまった。1人には簡単に許して、もう1人には対価を求めてる自分がただズルくてきもちわるかった。

―――
あの時はふりかえしもしなかった。
連絡も一切たってたのに、今この時はちっともそんなことを感じさせないカウンターに座って料理をつつく彼を、横目で盗みみた。

3年前よりもずいぶんと落ち着いた雰囲気で、さらに自信に満ちあふれてる。性格は明るくて屈託がないまま変わってない。
あんな気まずい出来事がもしかしたらなかったのではないかという錯覚さえしてきた。
「全然、変わってないね」というと、
「変わった!変わった!1年1キロ太ってるからね」
朗らかにわらって、ビールをごくりと飲み込む男の喉仏を眺めてなんだか妙に心臓がどきりとした。


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