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のらのねぐら ①

暗闇の自室でスマホの画面を投げやりな気持ちでなでる。1つ1つゆっくり連絡先を消していく。それは、誘われるまま参加した飲み会で交換したものだったり、ビジネスの浅い付き合いで形式的に交換したものだったり……もう、必要のないもの。
あ行から1つずつ、最後に連絡した時のことを思い出しながら……思い出せなかったら、ゴミ箱に捨てていく。
私の生活に、こんなに、登場人物はいない。虚構の人間関係。

本当に疲れてしまった時にルーチンにしている作業。

ふと、1つの名前に目が留まる。
最後にあったの時のことが容易く脳裏に浮かぶ。
―荒らげた自分の声。
―振り払ったのが不本意に激しく当たって、思いのほか強い拒絶となってしまった手。
―困惑する相手の顔。
―逃げるように走り去った間際のこと。

もう、3年も前のことなのに我ながらよく覚えているものだと苦笑する。
あの時、どうしてあんなに怒ってしまったんだっけか。
理由は覚えているけど、もう共感できない程度には昔の話。
懐かしさだけを感じる。

ゴミ箱に入れてしまおうか、どうせ2度と連絡しない。
そもそも、私のことなんて覚えていないのかもしれない。

指をスワイプしかけて……ふと、飲みすぎた彼が止めるのも聞かずに駅のホームまで送ってくれた時のことを思い出す。私が乗った電車が発進する間際まで、ドアから離れなくてヒヤリとする場面。あの時は本当に目の前で衝突事故が起こるかと思って、めちゃくちゃ焦ったのに、本人はヘラヘラと手を振ったりしてすごくおかしかった。

あのにやけ顔を思い出すと、思わず吹き出してしまう。

一通だけSMS出してみようか。
どうせ、返信は来ない。
そしたら、心置きなく消去しよう。

「こんばんは、げんき?」

すぐには、なにも起こらないはずのスマホをベッドの端に投げる。
しかし、予想に反してすぐに画面が光った。

『げんきだよ。近いうちに、会う?』
「そうだね」
『じゃあ、今週の金曜日は?空いてる?』
「空いてる」
『じゃあ、金曜日で。また、連絡する。』

ものの数分の出来事に、まったく脳が反応できない。
自分としては、いつかあるかもないかもしれない社交辞令のような返信だったのに、きっかり約束させられた現実に瞠目した。

彼は、そういえば仕事がすごく早いって自負してたんだっけ。

スマホを胸にあてて、細い記憶の糸をたどる。

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