のらのねぐら ⑤

――なぜ、男の人はこんな環境で眠り続けられるのか。

寝不足でまともに頭の働かない私はまだ宵が明けきらない薄暗い部屋のベッドの中をもぞもぞと手探りでけたたましく鳴り続ける迷惑なスマホを探りあてると、持ち主である隣で熟睡する男の肩を無言で揺すって手渡す。

可能ならば、この忌々しい四角い液晶を今すぐ窓から投げ捨てろ、というのを口に出すのは我慢した。
男は起こされるまま朦朧とした状態で電話にでる。

――ちがう。出るんじゃない、切るんだよ。

期待とはちがう行動に出た彼を内心呪い、しかしながら、電話口から甲高い女性の声が聞こえると私は一気に目が覚めた。

「―――たすけてぇ……どこにいるかぜんぜん分からないのぉ……!」

漏れ聞こえるのは鼻にかかる甘えきった明らかに酔ってるふうな声。
早朝5時前にこういった迷惑極まりない電話のできる関係性を想像して、厄介だと瞬時に悟る。
やれやれ、夜が夜だったからせめて日が高くなるまで惰眠を貪りたかったな、などと恨めしく思いながら脱ぎ散らかした下着を寝ぼけ眼で探して身につける。

「どこにいるか分からないって……近くの電信柱見て位置、把握して」

身を起こしてベッドに腰かけた男は意外にも存外低く冷たい声で彼女を突き放した。
しかし、めげずに相手はなおも猫なで声で甘えようと、自分がいかに困ってるのかつぶさに説明して食い下がる。

「うん、六本木か……タクシー拾える?拾えない?じゃあ、交番行っておまわりさんに助けてもらって……俺?助けられないよ……ごめん、力になれそうにない……とにかく、交番さがして……じゃあ、切るね」

取り付く島がないとはこのことかと、きいてるこちらがあ然とするほど鮮やかに援助を辞すると、まだ相手がなにかいってる途中だというのに彼は通話を切った。
初めてみる男の冷たい一面を目の当たりにして、私は慄いてじんわりと背すじに冷たい汗をかいた。

「す、すごい女性だったね……ほうっておいてよかったの?」
なんとか場を取り繕おうと声をひねりだして、男の背中に声をかける。
「あぁ……別にいい、起こしちゃったね。悪い」
スマホの設定を何やらいじってる彼はさっきの怒気をすっかり身のうちにしまって、優しく謝ってくれた。
「でも、その、ソウイウ相手じゃないの?冷たくしてよかった?」
そんなことを聞いてどうすると、いってから気がつくが、もう口から出てしまったものは取り消せない。

「……バカな女は好きじゃないからヘーキ」

いうなり身体をひるがえしてベッドに潜り込んできた彼は私を見るなり怪訝な表情をした。

「いつのまに服着たの」
「いや、その、彼女がこれからここに来るかもしれないから、早く帰れるように……」

言いながら勝手に勘違いしたことがひどくはずかしく感じた。
私の様子とはうらはらに男は吹き出すと、当然のようにいった。

「こんな朝早く追い出すわけないでしょ。俺をどんなヤツだって思ってんの」

バカな女には容赦のないヤツ、というのを今知りました、とはさすがに返せず私は曖昧に笑ってその場を誤魔化した。

そして、なんとか自分がバカではないと祈ったりもした。
しかし、こんな安易に関係を結ぶのはやはりバカなんじゃないかと思ったりして、でも、きちんと自分の意思を自覚して、決して男のせいにはせず依存もしない程度の関係にする矜恃は持とうと心に誓った。

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