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ガーズニウール絨毯




◉ プロローグ

「大柄で奥行きのある不思議な文様に、触れなくても分かるほどの美しい艶」
この絨毯が放つ独特な雰囲気は他に類を見ず眺めれば眺めるほど触れたくなる、自然と引き寄せられる不思議な魅力を持っている。

今回ご紹介する「ガーズニウール絨毯」は、アフガニスタンが生産国で長年続く情勢不安から輸出入が停滞しており世界であまり流通しておらず、こと日本においては希少性が高い。

そんな絨毯の取り扱いが三方舎で始まっている。

今回のnoteではガーズニウール絨毯の魅力を解明していく。



◉ガーズニとは?

ユーラシア大陸の中央に位置する国、アフガニスタン。ヨーロッパ・アフリカ・アジアの中間地点で、人や物だけでなく各国の文化が入り混じり、かつてはシルクロードの中継地として栄えた。ガーズニはアフガニスタンの一つの州であり国の東側に位置している。標高は2220メートルで、1日の寒暖の差が激しい地域である。

国のほとんどの部分が高山地帯と分かる


農業が盛んな地域でもあり、小麦・とうもろこし・りんご・桃など様々な農作物が作られている。このような背景がガーズニウール絨毯の特徴にも表れているので、どこでそれが関わってくるのか想像しながらこの先を読み進めてみてほしい。


砂漠化の止まらない大陸の中でも自然に恵まれたガーズニ州


◉ガーズニウール絨毯を取り巻くアフガニスタンの状況

アフガニスタンというと昨今では危険な地域というイメージがある。実際に日本でも危険な地域と指定され、渡航禁止・退避勧告が発令(2024年2月現在)されている国だ。

しかし先述した通り、かつてはシルクロードの中継地として交易が栄えた国であり、1980年代〜1990年代半ばまでは海外からの旅行も自由に行われた。この時代にアフガニスタンに旅行をした人たちは一様に「人々が人懐っこく優しい」といい、また渡航したいと望む声があるほどだ。

現地の子どもたち

2001年の米国同時多発テロ事件後は情勢不安に拍車がかかり、現在では国民の4割近くが暮らしに必要な最低限の衣食住・医療サービス・教育を受けられずにいる。

このような背景があるため、アフガニスタンの絨毯は積極的に輸出されておらず周辺国のコーディネーターが仲介役となり世界に広められている。

この状況に目を向けると「コーディネーターも命懸けだな」と思うのだが、アフガン絨毯自体がそれほど重みのある希少性の高い絨毯であることが分かる。


アフガニスタンの都市の様子(イメージ)


◉ガーズニウール絨毯の特徴

1:素材のウール

ガーズニウール絨毯の特徴はなんといっても素材のウールだろう。標高2220mの高山地帯で育つガーズニの羊は、強いクリンプ(繊維の縮れ)と30cmにも及ぶ長毛、その中に含まれる豊富な脂分・ラノリンに恵まれている。さらに毛にキューティクルをたくさん持っている。

このことから、他の羊の毛よりも「より水に強く汚れをよく弾く」という特性を持つことはもちろん、たくさんのキューティクルを持っていることにより毛の中に空気の層が溜まりやすく保温性に優れている。

ガーズニウール絨毯は毛の縮れたフォルムを極力出さないため5mmに満たない薄さで織り上げられる。


1cmに満たない厚さの中にガーズニウールの機能性を目一杯詰め込んでいる


実際に乗ってみると実感するが、10秒程度その上に乗っていると徐々に暖かくなり、座る時間が長くなるほどその温かさは増してゆく。

1cm~1.5cm程度の厚みを持つペルシャ絨毯やギャッベはウールの特性に毛足の長さが加味された温もりを感じるが、ガーズニウール絨毯はその1/3ほどの厚さで十分な温かさを感じられるのだ。


2:素材を活かす熟練した職人の技

ガーズニウール絨毯は分業制で、大まかに分けると「ウールを撚り、糸を作る」「染色」「織り」に作業が分けられる。素材の特性から、それぞれの作業で熟練の技が必要とされる。

クリンプの強いガーズニの羊の毛は、絨毯で使う用に縮れの少ない状態に紡ぐことがまずとても難しい。


どんなに真っ直ぐ伸ばしても縮れ毛が残る


糸ができたら染色だが、脂分が多いため均一に染まらない。このため色むらが糸同士だけではなく、1本の糸の中でもできる。

そして織りは、クリンプが消え切らない状態の縮毛を使うので通常のまっすぐな糸を使うよりも難しい。

つまり、どの過程においても毛の癖の強さが影響しそれを扱う職人にそれぞれ高度な技術が必要とされる。当然ながら、高度な技術は時間をある程度かけないと育てることができない。高度な技術を持った職人自体が少ないゆえに、ガーズニウール絨毯は希少性が高いといえる。


土壁の作業小屋


3:染色

ガーズニの特徴のところでも記述したが、この地域は農業が盛んである。野菜・果物など農産物が種類豊富に育てられ、「アフガニスタンの農産物の集積地」と呼ばれることもある。

豊富にある分、売ることに向かない規格外や廃棄対象もたくさんある。実はガーズニウールの染色でこの廃棄対象の農産物が生かされているのだ。

「身近にある素材を暮らしの道具に活かす」という考えに根付いて生まれた染色方法で、長い時間をかけて育てられてきた。

染色の際に手に入るこれら農産物で色を染めるが、脂分が多いため均一には染まらない。その脂分も個体差があるので同じ染料を使っても必ず色むらができる。

「いつも同じ色が染められると限らない・染まり方も均一ではない」という状況なので、絨毯のデザインも決まったものが織れず、染色で生まれた糸の色を基準にデザインを作り織っていく。

染色の様子


また染料は、ドイツ生まれの化学染料を使用することもある。ドイツは世界の中でもトップクラスで人体や環境に配慮した染料を作っており、1990年代には毒性のある「アゾ染料」の使用禁止を世界に先駆けて禁止した国だ。

絨毯は「寝食をその上で行う暮らしの道具」であり長時間を過ごす場所だからこそ安全なものであるべきで、ガーズニウール絨毯はそれを踏まえた上で、植物・農産物生まれの染料だけでなく安全な化学染料を使用している。

安全性の高い化学染料を使って染められる糸


4:強度を重視した織り方

織り方はダブルノット。2本の縦糸に糸を結びつけ、1本の横糸で解けないように補強する織り方だ。この織り方は、強度だけでなく高密度で緻密なデザインを織る際に使用される。ガーズニウール絨毯は大柄で深みのあるデザインが多いが、厚みは他の絨毯に比べるとかなり薄い。この薄さで強度を保つには、ダブルノットが適しているのだ。

余談だが「トルコ絨毯はダブルノット、ペルシャ絨毯はシングルノット」と分類されることがあるが、上記に当てはめると一概にそうだとは言い切れない。ペルシャ絨毯は緻密なデザインゆえダブルノットで織られることが大半で、トルコ絨毯はヘレケやカイセリ以外はシングルノットで織られている。

「一般的にはこう」というものが、絨毯の世界では逆転することがままある。その違いが絨毯の世界をより奥深く感じさせる。


5:艶をより与えてくれるシルキー加工

遠目から見ても感じられる艶の美しさもガーズニウール絨毯の特徴の一つだろう。

絨毯は一般的に、羊の毛に含まれる脂分が多いほど絨毯も艶やかに仕上がると言われている。
ガーズニウール絨毯で使用する羊毛は、もともと脂分が多い毛質から染色しやすいように少し脂分を落とすが、おそらくその時点で損なわれない程度の艶はある。

シルキー加工されていない手織り絨毯



その状態のところに、さらに仕上げの段階で水素を使って「絹のような光沢を与える」シルキー加工が加えられる。これにより、発色が良くなったり強度が増すなど、艶だけではない効果が付加されることもある。

シルキー加工が入ったガーズニウール絨毯は、滑らかさだけではなく、もともと色むらのあるところに艶の濃淡が加わるので絨毯のフィールドをより立体的に感じさせ、味わい深さをもたらす。


シルキー加工が施されたガーズニウール絨毯


◉文様の意味

ペルシャ絨毯・トルコ絨毯・ギャッベなど日本でもお馴染みの天然素材の手織り絨毯。
よく織り込まれるのは

・木=健康長寿
・鳥=幸せを連れてくる神の使い
・ライオン=権力・強さの象徴
・蔦=永遠の命・転じて子孫繁栄
・絨毯の外側を囲む大きな四角=結界

などの文様である。そこに織子さんの感性で解読不明のユニークなモチーフが織り込まれることもある。

ガーズニウール絨毯も上記のような文様が織り込まれているが、アフガニスタンの絨毯自体が解明が進んでいないので「この文様の意味はこう」と断定するのは難しい。

その中でも蔦文様は独創的で、特に写真の絨毯は蔦紋様で囲まれたボーダー(絨毯外側の四角)の中に、神聖を連想させる白のフィールドが配置され、その中に太く力強い龍が変形したサークル型に配置されている。
神の世界で力強く永遠の命が栄える様子が推測できる。

ペルシャ絨毯やトルコ絨毯では子孫繁栄を意味する蔦文様が描きこまれた龍が
神聖な白のフィールドに織り込まれている


シルクロードの中継地点だったアフガニスタンだからこそ、周辺諸国で織られている文様を自国の絨毯に取り入れ上手くオリジナル化できたのではないだろうか。

そして絨毯技術と紋様が入ってくることと同時に、意味も引き継がれてきたことは容易に推測できる。

身近にいる大切な家族、部族を率いる首長、暮らしを守ってくれる神、それぞれへの切実な祈り。文様は織り上げる人の「使う人への願いそのもの」であり、その絨毯を暮らしに取り入れることによりいつも何かに見守られているような安心感に包まれる。

アフガニスタンの絨毯もきっと、祈りのこもった文様と共に人々の暮らしに寄り添ってきたのだろう。


◉ガーズニウール絨毯と三方舎との関わり

制作の難しさからの希少性、仕入経路が限られるなどの背景から、流通しにくい「ガーズニウール絨毯」。

三方舎では代表の今井が20年以上前からアフガニスタンの隣国・イランのギャッベをはじめ世界の絨毯を扱っていることから、現地のコーディネーターともつながりがありこの度仕入れることができた。


文房具支援① 左端の男性が当社代表の今井


文房具支援②


現在50代半ばの今井は、アフガニスタン難民の支援として識字教育支援を30代の頃から始めた。

イランに逃れてきた難民に年に2回文房具を届け、10年の支援で延べ1万人に支援を行った。この活動は今井が三方舎を立ち上げる前に共同代表を務めたインテリアショップのボー・デ・コールにおいて現在でも続けられている。


子どもたちの笑顔が教育を受けられることの喜びを物語っている


この支援活動が現地でのつながりの基礎となり、絨毯の販売だけでなく人道支援の面で現地の信頼を得ており、希少なガーズニウール絨毯が三方舎に届けられている。

ちなみに、ガーズニウール絨毯には毛質・染色の美しさ・織りの細かさ(=デザインの緻密さ)でランク分けされているが、三方舎には最上ランクの「1」が届けられる。

当然ながらランク1は価格がランク2・3よりも高くなる。
よく、同じようなデザインで価格が異なるものが見られるが、これは単純に上記で説明した毛のランクによって異なる。三方舎はランク1のものを中心として買い付けている。

「三方舎なら最上の絨毯を大勢の人に届けてくれる」「うち(三方舎)ならガーズニウール絨毯の素晴らしさを広めていける」

というお互いの思いと信頼関係がなければできないことだ。


三方舎代表の今井(右)と現地のコーディネーター(左)



◉ガーズ二ウール絨毯の魅力〜世界の絨毯を取り込んだデザインと唯一無二の輝く艶〜

フィールドの中央に3枚の花弁を持つ花文様が施されたガーズニウール絨毯


初めてガーズニウール絨毯に出会った時、絨毯が放つ美しさに目を奪われた。
ガーズニウール絨毯の最大の魅力は「シルクロード文化圏の絨毯を全て内包したデザイン」であり、光輝く艶と優れた機能性であろう。

絨毯の中央に配置された8枚の花弁の花文様はペルシャ絨毯、少しエキゾチックな木の紋様とカラフルな房はトルコのマラティア絨毯、菱形と星を組み合わせたギュル文様のようなデザインはトライバルラグ、絨毯全体から滲み出る荘厳さはアラベスク絨毯(トルコ絨毯)。

ガーズニウール絨毯のデザインは様々な種類の絨毯に共通する特徴を持っており、そこに唯一無二のガーズニウールが放つ輝く艶が美しさを加える。


また、絨毯のフィールドに見える色むらがそれぞれの文様を際立たせ、それが一つにまとまり、何かを伝えているような、古代の壁画を見ているような気持ちにさせる。
そこにそこはかとないロマンを感じさせ、ずっと心の中に残り続ける。

「何度も見たくなる、何度も触れたくなる、心を揺さぶる何かを持っている」
ガーズニウール絨毯はそんな絨毯だ。

ガーズニウール絨毯は三方舎主催の企画展や直営店のRoots Lifestyle Shopで手にできるので、ぜひ一度、いや何度でも見にきてほしい。

そしてこの記事を読むあなた自身の目と手、時には嗅覚を使って、ガーズニウール絨毯の素晴らしさを体感し、私たちが伝えたいこの感動を少しでも受け取ってくれたらこの上ない喜びである。


猪苗代の直営店での展示風景



ガーズにウール絨毯はこちらの展示でご覧いただけます。
ぜひ、各会場へ足をお運びください!

【 coil4展 -古物- 】
会期:4.20(土)〜29(月)
   定休日:4.24(水)
時間:11:00〜17:00
会場:三方舎書斎gallery
   新潟市秋葉区新津本町3丁目3−12 駐車場あり
※gallery母屋にて絨毯を展示しています
イベントページ:https://sps-i.jp/teshigoto/


【 NIIGATA 手織り絨毯の祭典 】
会期:5.10 (金)〜5.19 (日)
 10:00〜20:00 最終日18:00まで
会場 : NSTギャラリー
    新潟市中央区八千代2丁目3−1 NSTビル1階
   お車をご利用の際はお近くの有料駐車場をご利用ください
イベントページ:https://sanpousha.theshop.jp




執筆者/学芸員 尾崎美幸(三方舎)
《略歴》
新潟国際情報大学卒
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)通信教育学部卒
写真家として活動
2007年 東京自由が丘のギャラリーにて「この素晴らしき世界展」出品
2012年 個展 よりそい 新潟西区
2018年 個展 ギャラリーHaRu 高知市
2019年 個展 ギャラリー喫茶556 四万十町
アートギャラリーのらごや(新潟市北区)
T-Base-Life(新潟市中央区) など様々なギャラリーでの展示多数
その他
・新潟市西区自治協議会 
写真家の活動とは別に執筆活動や地域づくりの活動に多数参加。
地域紹介を目的とした冊子「まちめぐり」に撮影で参加。
NPOにて執筆活動
2019年より新たに活動の場を広げるべく三方舎入社販売やギャラリーのキュレーターを主な仕事とする。

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