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アラベスク絨毯 その②ー「アラベスク絨毯」の誕生ー


前回のブログ「アラベスク絨毯 その①」で少し触れたが、当ギャラリーではトルコ絨毯に独自の基準を設定しその基準に適ったものを「アラベスク絨毯」と名前を付けて紹介している。

なぜネームバリューのある「トルコ絨毯」を使わず、わざわざ「アラベスク絨毯」と別の名前をつけるに至ったのか。今回のブログでは、その誕生秘話を紹介していく。


◇出会い

当社代表の今井がまだインテリアショップ「ボー・デコール」に所属していた頃、イランの手織り絨毯・ギャッベを日本全国に紹介した。ギャッベはインテリア業界に一大ブームを巻き起こし、それまで国内ではほとんど光の当たらなかった手織り絨毯をメジャーなインテリアとして一般家庭に浸透させた。(余談だがこの過程にもかなりのドラマが潜んでいるのでいつかご紹介したい。)

トルコの空港に降り立つ今井の後ろ姿


そんな中、ギャッベのように日本の家庭に心地良く馴染む新しい手織り絨毯を探しに、今井は単身世界に飛び出した。その先が絨毯をはじめとした世界の逸品が集まるトルコだった。

トルコの首都・イスタンブールの街並み
トルコから遠く離れた中央アジアの国・ウズベキスタンの手刺繍「スザニ」


トルコはヨーロッパとアジアの中間地点として、かつてキャラバンが行き交う交易の要として賑わった場所だ。長い歴史の中で支配する国が次々に変わり、その度に変化した宗教や文化風習を受容してきた。

「そんなトルコならきっと素晴らしい絨毯に出会えるはず」

そんな想いとともにトルコに乗り込んだが、初めてのトルコ訪問は少し残念な結果となった。思い描く理想の絨毯には出会えなかったからだ。


◇初めての買い付けで得たもの

この時訪れたのは首都のイスタンブールを中心としたトルコの西側。最高級の絨毯の産地ヘレケ・カイセリなども巡ったが、世界に名を轟かせた名産地においても、今井の琴線に触れる絨毯には出会えなかった。

このとき、希望の絨毯には出会えなかったが美しいキリムにはたくさん出会った


後に今井はこの時のことを「当時はトライバル系の割と大柄なデザインが好みだったから印象に残らなかった。トルコ絨毯に出会って10年経つ今なら、また別の視点で美しい絨毯を見つけることができるかもしれない」と振り返っている。

希望の絨毯には出会えなかった初のトルコでの買い付け。
この時、絨毯には出会えなかったがトルコの大切なパートナーとなる人物に出会っている。
通訳をしてくれたハムザさんだ。

現地通訳のハムザさん

ハムザさんは当初絨毯には全く詳しくはなかったが、通訳の役割を通して今井の絨毯への情熱を誰よりも直で受け取ることで次第に魅力に取り憑かれていった。

その後も今井は何度もトルコを訪れその都度ハムザさんに通訳を依頼し、一緒に絨毯を探している。2020年に新型コロナウイルスが世界に蔓延してからはメールでやり取りを重ね、絨毯や現地の様子を今でもリアルタイムで知ることができる。

10年以上続く関係の中でハムザさんは今井の審美眼を深く理解し、現在では「現地の目」となり三方舎を支えている。

ハムザさん(左)と今井(右)の後ろ姿
しっかりと繋がるお互いの視線に信頼関係の深さが感じられる


◇100年を経た特別な1枚

ハムザさんが根気強く紹介してくれる中で、ようやく「これは!」と思うトルコ絨毯と出会った。
それが三方舎の「アラベスク絨毯」誕生の発端となった1枚だ。

note「アラベスク絨毯 その①」でご紹介した写真を再掲

深みのある淡い赤色のボーダーの中に蔦で繋がれた花が少し踊るように配置され、更にボーダーが囲むフィールドの中には左右対称にバランスよく草花模様が配置されている。その花々の下には深い青色が広がっている。絨毯の上に光が当たると糸の毛先が輝き、草花に付く雫や、水面を反射する光のような美しさを見せてくれる。

まるで神々の住む宮殿の庭にある噴水のようなデザインのこの絨毯は、制作されてから100年が経っているという。

どの絨毯にもない深い色合いは、見れば見るほど絨毯の中に広がる何層もの世界を立体的に感じさせる。この深みは他の年代の物には見出せない。
この感覚が今井を虜にした。

この絨毯に惚れ込んだことをきっかけに年代物のトルコ絨毯を1年に10〜20枚のペースで入荷し、主に書斎ギャラリーにて紹介していった。


◇年代物にこだわる理由

大柄なデザインが魅力のトルコキリム


三方舎で紹介するのは、ほぼ全て40年以上前に制作されたものだ。
実は1990年代から、トルコ絨毯は一部の制作工程を中国やインドなど国外で行うようになった。このことは、素材も織り方もトルコのものではないことを意味している。

当ギャラリーは、伝統を守る作り手に光を当て、上質なものを長く使うことを通して「ものを大切に思う心」を育て、環境への配慮も自然に伝えていくことをコンセプトとしている。

制作の一部を外部に託すということは、元の土地で生まれた伝統をきちんと踏襲してないことに他ならない。(ただし現地に技術者が行き指導している場合は別である。トルコ絨毯の場合はそういう制作の仕方をしていないとハムザさんが教えてくれた。)

世界に誇るトルコ絨毯を紹介していく上で、1990年代以降に制作されたトルコ絨毯は、私たちが紹介したい絨毯からは外れてしまうのだ。

そしてその区別を分かりやすくつけるために、「全ての制作工程をトルコ国内で完了したもの」「緻密で均整のとれているデザインであり色が何層にも見えるような深みを感じさせるもの」を基準として選定されたトルコ絨毯を「アラベスク絨毯」と名付けた。

これが、アラベスク絨毯の誕生である。


◇暮らしの道具としてのアラベスク絨毯の魅力

ここまで美しさについて語った上でいうのも恐縮だが、アラベスク絨毯はただ美しいから良いのではない。

横から見るとこの厚みに驚かされる

実物を見るとよく分かるが、トルコ絨毯は1cmに満たない程度の厚みである。
見た目で想像するよりも軽く持ち運びに便利だ。
毛足が短いので、人が乗ったときや家具などを置いたときに移動しにくい。(毛足が長いと上に乗せたものが動きやすいというデメリットがある。)

アラベスク絨毯は暮らしの道具としての使い勝手の良さも魅力的なのだ。


現在書斎ギャラリー「母屋」にて展示中のアラベスク絨毯。
芸術としてだけでなく、「自分ならどう使うか、どこに使うか」など想いを巡らせながらご覧頂けたら幸いである。


※三方舎書斎ギャラリーでは、1月22日まで「アラベスク絨毯新入荷展」を開催しております。約20枚の珠玉のアラベスク絨毯がご覧頂けます。ぜひ足をお運びください!
きっとこれまでよりも深い視点で絨毯をお楽しみ頂けることでしょう。



執筆者/学芸員 尾崎美幸(三方舎)
《略歴》
新潟国際情報大学卒
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)通信教育学部卒
写真家として活動
2007年 東京自由が丘のギャラリーにて「この素晴らしき世界展」出品
2012年 個展 よりそい 新潟西区
2018年 個展 ギャラリーHaRu 高知市
2019年 個展 ギャラリー喫茶556 四万十町
アートギャラリーのらごや(新潟市北区)
T-Base-Life(新潟市中央区) など様々なギャラリーでの展示多数
その他
・新潟市西区自治協議会 
写真家の活動とは別に執筆活動や地域づくりの活動に多数参加。
地域紹介を目的とした冊子「まちめぐり」に撮影で参加。
NPOにて執筆活動
2019年より新たに活動の場を広げるべく三方舎入社販売やギャラリーのキュレーターを主な仕事とする。

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