脳出血当事者と難病の猫の東京ぐらし
この記事では24歳で脳出血を発症し、11時間の外科手術と半年のリハビリの後に、復職と愛猫との暮らしを再開した1人の女性の体験談から「脳出血当事者の自立した生活に必要なこと」についてまとめています。
脳出血当事者で1人暮らしや自立を考えている方、また脳出血当事者でご家族(ペット)のサポートをしながら生活している方の参考になれば幸いです。
私たちの病気について
〔私の病気について〕
冒頭でもお話ししたように、私は2018年に24歳で脳出血を発症し、左手脚に軽微な運動麻痺が残留している状態です。
一方で日常生活に大きな支障はないため、2021年8月時点で脳出血発症後から約3年間1人暮らしを続けています。
しかし2020年の8月に症候性てんかん発作(脳出血により損傷した脳の周囲で過剰な電気放電が起きてしまう発作)を起こし、人工呼吸器挿管の後にコロナ第二波の最中ICUに3日間入院した経験があります。
▼脳出血の闘病についてのマガジンはこちら
〔愛猫の病気について〕
愛猫(コパン)は私が脳出血発症前に生後半年で引き取った保護猫です。
多投飼育崩壊の家庭から保護された子だったため、汚れがひどく受け入れた当初は不安でしたが、健康診断の結果は良好で脳出血後に再会してからも安心して一緒に暮らしていました。
しかし、2020年の7月に3種混合ワクチンを接種した後、急に体調を崩してしまい近所の総合動物病院で診てもらったところ自己免疫疾患の一種「免疫介在性溶結性貧血(IMHA)」であると診断されました。
この病気は発症から3か月以内に亡くなる猫が30~80%と致死率が高く、多くの猫が1年以内に亡くなってしまう傾向にある難病です。
この事実を動物病院で担当外の獣医師から逼迫した雰囲気で告げられた後、私は症候性てんかんの重積状態(意識のない状態で全身発作が5分以上続く状態)になりました。
▼当時の雑記はこちら
意識がある状態で人工呼吸器を挿管されたのはこの時が初めてで、その痛みと不快感は想像を遥かに越えるものでした。
しかし救急救命士の方々やICUの医師の懸命な治療のおかげで私は再び自発呼吸が出来るまでに恢復することになります。
命を助けられたのはもちろんですが、退院間近の日、生き方を改めさせられる出来事がありました。
家族のために生きる・働く
意識が戻り、人工呼吸器の抜管を終えて自発呼吸ができるようになった後、ICUの担当医は「今までの状況をご説明しましょうか」と私に優しく語りかけて下さいました。
私が「お願いします」と唾液と吐しゃ物でベタついた髪を気にしながら伏し目がちに言うと、次の3つを教えていただけました。
・既往歴から搬送先が中々決まらず、搬送された時には自発呼吸がほぼ止まっている状況だった
・人工呼吸器の挿管時、発作の影響で錯乱状態になっていた
・飼い猫はご両親が手続きをして入院しているから安心して良い
私は担当医にすぐさま「錯乱状態の時に多くの人にご迷惑をかけました」と頭を下げてベッドの上で謝罪をしました。
すると担当医は眼鏡の下にある目を細めて「オオサワさんのせいじゃないんです、病気のせいなんですよ」と声をかけて下さり、自責の連続で闘病・仕事・生活をし続けてきた私は拍子抜けしたとともに「もう、自分のために頑張ることで誰かに迷惑をかけるのはやめよう」と決意したのでした。
ストレス・生活リズムを見直す
退院後、私が見直したのは「ストレス」と「生活リズム」でした。いわゆる症候性てんかんには発作を起こす要因が8つ存在します(抗てんかん薬の飲み忘れを除く)。
その中でも今回の発作の要因となったのはストレスと睡眠不足だと考えたからです。
▼症候性てんかんの原因・予兆・予防についてはこちら
〔ストレスの原因:死とお金〕
まず、ストレスの原因は間違いなく「愛猫の死」という逃れようのない暗い事実を1人で抱えていた緊張感と、治療がペット保険の対象外となり月5~6万円の医療費が一気に出費に加わった不安でした。
そこで「愛猫の死」に関しては『ネコの看取りガイド』や『まんがで読む はじめての猫のターミナルケア・看取り』の2冊を読み、心の準備をしておくことに。
▼治療選択やターミナルケアについて項目別に学べます
▼猫のがん治療・ターミナルケアについて物語形式で学べます
また愛猫の病について自主的に調べ、主治医に納得がいくまで質問や治療の提案をすることで「やれることはやる」前向きな姿勢で、残りの彼の猫生を支えることで「愛猫の死」に恐れず、向き合えるように工夫をしました。
▼脳外科の診察と同じ様に診察で伝えること、質問、フィードバックをノートにまとめる
加えて愛猫の医療費(月5~6万)は自分の生活費を見直すだけではなく、月の予算を意識した生活を徹底することで、貯金額も増えて不安が払しょくされました。
生活費の見直しで実施したのは主に次のとおりです。
・食費:3食自炊。献立も大きく変動させず、月7,000円以内
・日用品費:週末に買う物をリストアップ。それ以外は買わない
・学習費:本は読み終わったら一冊購入。読みたい本は一晩考えてから購入する。読み終わった本や学生時代から溜めていた小説、学術書、名作DVDは思い切って買い取ってもらう(プレミア価格の書籍含めて8万円になりました)
・交通(通院)費:障害者割引を利用して料金を1割引きに。100~200円程度の節約ですが、1週間に1度の通院の場合は月1,000円の節約になります。
〔生活リズム:生活の中に締め切りを設ける〕
てんかん発作で倒れる前は愛猫の体調が心配で仕方なく、在宅勤務であることから仕事の時間以外はずっと愛猫の近くで様子を診ていました。
加えて愛猫の処方薬が精神向上の副作用があるため、起こされることも増えて睡眠時間は4~5時間でした。
薬の副作用は仕方のないことなので、獣医師から薬の血中濃度が最も高まる時間をヒアリングしてその時間帯に自分の睡眠時間が重ならないよう、次のタスクに〆切時間を設けることに。
・愛猫の夜ごはん:17時(自動給餌機を導入)
・愛猫の服薬:18時
・入浴:21時
・就寝:23時
愛猫が精神向上状態の頃に入浴を済ませて23時には就寝。また自動給餌機を導入した成果もあり、睡眠時間は7時間以上確保できるようになりました。
▼脳出血当事者の1人暮らしの様子はこちらから
〆切時間を設けることのメリットは「睡眠時間の確保」と「時間の浪費を減らせること」ですが、習慣化するまでは少し窮屈に感じる点がデメリットと言えるかもしれません。
コロナ禍の在宅勤務でやっと生まれた余裕
このように愛猫が難病に罹った当初には症候性てんかん発作でICUに入院することになってしまいましたが、退院後、家族のために規則正しい生活が送れたのには大きな理由があります。完全在宅勤務です。
通勤時に脳出血の影響で低下した空間認知能力を酷使する必要もなくなり、満員電車に乗る必要もない。つまり体力が十分に温存できるようになったのです。
またオフラインで必要になる感覚的な情報(対人関係や議論内での情報共有)を処理する機会が格段に少なくなったため、易疲労(脳出血など脳損傷によって生じる「疲れやすさ」のこと)を感じる頻度も減りました。
古い慣習が根付いている企業はコロナ禍の状況が改善するにつれて出社義務が課せられるような予感がしていますが、在宅勤務は脳出血当事者の生活や健康管理に余裕を生む働き方であることは間違いありません。
在宅勤務によって愛猫の体調管理がしやすくなったのはもちろんですが、脳出血当事者である自分の体調も完全在宅勤務前と比較するとすこぶる良い。
今後も在宅勤務が浸透し、ハンディキャップがある人が働きやすい企業が生き残るような社会をつくっていきたいと考えています。
健康と余裕がなければ誰も救えない
脳出血の後に復職した先で多くのタスクをこなす必要があり、残業三昧だった私が転職して健康的に働けていた矢先にやってきた「アクシデント」。
あくまで今回は私の事例をご紹介しましたが、たとえば脳出血後に両親がご家族が体調を崩されたりなど、思いがけない課題にぶつかる可能性もあるのではないでしょうか。
私は脳出血を発症する前にも体調を大きく崩す出来事があったので、今回の愛猫の闘病と相まって「健康と余裕がなければ誰も救えない」ことを改めて実感しました。
特に脳出血発症から半年以降の回復期~維持期に入った脳出血当事者さんは自分のキャリアのために、無理をしてでも頑張りたい気持ちがあるかもしれません。
しかし、私と同じように「狭い視野で行動して他人に迷惑をかけた」「誰も助けられなかった」と後悔をしないためにも今一度「自分の体調は問題ないか」「客観的に課題を解決できているか」と自分に問いかけてみて欲しいと考えています。
最後に~誰かのために生きる人へ~
お見苦しいかと思いますが、このような愛猫の闘病と持病の体験談から、私の価値観についてお話ししてこの記事を終えさせていただきます。
私の急性期は歩行もままならず、左手は全廃状態からのスタートでした。
回復期ではジョギングのリハビリ、タイピングのリハビリへと進み、リハビリ治療の時間以外はタイムスケジュールを作成して一日中、左足の爪が剥がれるまで歩き、暇さえあればタイムを計ってタイピング練習をしていました。
思い返せば2018年に24歳で脳出血を発症し、復職をするまでの自分はまさに「自分のために生きる人」でした。
しかし、両親に治療費を返金するために年収アップのための転職を経て、愛猫が難病だと診断されて以降、私は同じ脳出血当事者や何かの病と共存する方に出会うと必ず「この方は自分のために生きる人だろうか、それとも誰かのために生きる人だろうか」と分析するようになりました。
というのも、自分のために生きるよりはるかに「自分以外の誰かのために生きる」方が客観的な視点を持ち、自制をしながらの課題解決に取り組む必要があり、難易度も徳も高い生き方だと考えるようになったからです。
自分以外の誰かのために生きるには健康も、余裕も必要。
若輩者の私は早くも挫けそうですが、同じように誰かのために努力し続ける脳出血当事者と出会えることを楽しみにしています。
コロナ禍の終わりが見えず、不安な日々が続きますが共に生きましょう。
*****
最後まで読んでいただきありがとうございます。
記事を読んだ感想やご意見、があればコメントをお待ちしております!また末尾の「サポート」ボタンからサポートをいただけたら愛猫の療養食費にさせていただきます✍️
*****
脳出血当事者・支援者に向けて、社会復帰の課題と改善策を発信しています。サポートいただけると励みになります…!共に生きましょう。