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目に映るモノ全てが美しかった、と。


目に映るモノ全てが美しかった。艶を帯びた表面はさらりと潤っていて、私はそれを両手で掬いあげながら眺めるのだ。凛と透き通ったそれを膝の上に置いて、ゆっくりと撫でるのだ。私はそれが好きだった。それに触れる事が唯一の楽園であった。
私は息を大きく吸い込む、肺が一杯になるまで吸い込む。私はそれを丁寧に掬い上げ、手からするりと滑らせる。その時、全身を激しい痛みが襲った。割れた破片を裸足で踏み潰す。痛みなどお構い無しに踏み潰す。脈打つ鼓動を感じた時、私は世界の終わりを悟った。
私は、この手で世界を壊してしまったのだ。楽園を、救いを、この手で壊してしまった。色を失った網膜は乾き始めていて、それを防ぐ為の水も流れない。指先の感覚がなくなり始めた頃、脳内ではフラッシュバックが起こった。生きたまま解剖され、炭酸はぬるくなっていた。
私は、この手で世界を壊した。明日も変わらずそこにあったはずの何かを。
埃まみれの本棚で眠るカフカ。流れることのないLP。騒音の中から聞こえる祈りを私はまだ必死に探している。
私は、それらを両手で掬い上げながら言うのだ。—————


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