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ぺんぎん先生と痴漢撃退アプリ

はじめに

 数日前、警察庁の痴漢撃退アプリで痴漢を撃退したというニュースを目にしました。実は私も、痴漢撃退アプリを作ろうとしたことがあります。

ある痴漢事件

 ある日、後に妻になる女性から電車で痴漢に遭っていると連絡が来ました。持っていた法律の本を開くと少しひるんだそうなのですが、別のところへいったりはしない。どうしようというのです。ちょうど私はそのころ司法試験に受かったばかり。知り合いの弁護士にLINEで法律相談をしているという体で痴漢を追い返せないか試してみました。

 私たちはまず、どこの警察に通報して、どんな話をすればいいのかを相談しているふりをしました。それから、痴漢で警察に捕まった場合に待ち受ける様々な不利益ーー痴漢を罰する法令、裁判のお金や前科の影響などーーについて、少し大げさに説明するふりをしました。それから、痴漢の写真を撮ったという嘘のやり取りもしました。
 こういったやりとりを、あえて痴漢からもスマホの画面が見えるようにして見せつけてやることにしたのです。「証拠はばっちりだ。後は警察に突き出すだけだぞ」というわけですね。痴漢もさぞ怖かったでしょう。これが効いたからなのかはわかりませんが、すぐに逃げ出したそうでした。

警察庁の問題点

 これを教訓に、私たちはスマホを使って痴漢を撃退できないか考えてみました。そのとき見つけたのが、最初にご紹介したアプリでした。ですが、私はこのアプリは次の2つの点で不十分だと考えています。

  1. 専用のアプリを使うには、その存在を知っている必要がある

  2. 電車の中で声をあげるのは簡単なことではない

 1つ目の点は、多くの人はこのアプリの存在を知らないということです。ほとんどの人が普段から使うアプリの機能の一つとして、痴漢を撃退する機能があることが望ましいはずです。2つ目の点は、警察に協力するハードルが高いということです。①通報をするハードルは低い方がいい、②通報以外にも身を守る手段はあるべきではないか。このように考えました。

LINEの活用と断念

 目を付けたのはLINEでした。痴漢を受けた人がLINEを送ると、その日時や場所を聞き取り、通報先や警察で話すことなどをある程度答えるアプリを作りました。また、必要によっては、「この人痴漢です」という音声を流したり、犯人の写真を残したり、弁護士や法律に詳しい知人に相談している体で法律の解説をする機能も盛り込む予定でした。その結果生まれたのが、ぺんぎん先生のプロトタイプである「痴漢撲滅ぺんぎん先生」です。

全てが試作でした。名前が適当につけたものなら、イラストも私の雑な手描き。今では妻のかわいらしいイラストになっています。

 先ほどの1つ目の点は、LINEならかなり多数の人がインストールしています。2つ目の点も、被害者の身を守る機能も持たせられたはずです。
 しかし、私たちのアプリが世に出ることはありませんでした。1つ目の問題を完全には解決できなかったからです。そもそも私たちのアプリの存在を誰がどうやって知るでしょうか。これは諦めるほかありませんでした。

ぺんぎん先生、生まれる

 痴漢撃退アプリの計画は失敗しました。しかし、警察庁のアプリについての問題意識は、形を変えて今に引き継がれています。たとえば、①弁護士に相談するハードルは下げるべきだ、②弁護士さえまともに使いこなせない方法ではなく、より多数の人の使い慣れた方法を採用するべきだ考えています。
 弁護士へのアクセスは未だ非常に高いハードルを伴います。私はかつて、「弁護士の私がみても、法律相談はぜんぜん「お気軽」じゃありません」と書きました。これは私の偽らざる思いです。「お気軽にご相談ください」と書いておけば相談者が「お気軽」になると本気で考える弁護士がいれば、その弁護士はあまりにもお気軽すぎます。

 こうして生まれたのが、今のぺんぎん先生です。思わぬ経験が思わぬところで役に立つものですね。誰かの役に立てるかはわかりませんが、ときによってはもう一度アプリの完成を目指してみてもいいかもしれません。

おまけ

 弁護士になった私が最初に担当した刑事事件も痴漢事件でした。初めてなりに全力で弁護したことをよく覚えています。
 裁判では、検察官と弁護人がそれぞれ「懲役5年が相当だ」とか「執行猶予にするべき」といった意見を述べます。検察官は重め、弁護人は軽めの意見を述べ、判決はほとんどの場合弁護人と検察官の間の重さになります。
 しかし、それがどういう訳か、この時の判決は弁護人てある私の意見よりもさらに軽い刑でした。驚きのあまり、判決を聞きながら目を白黒させてしまったものでした。


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