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長男の中学受験について振り返ってみた

2023年11月23日(木)

朝から秋晴れでベランダにでて植物に水を上げているとひんやりした風が頬を伝ってきてすがすがしい気持ちになります。

今日も長男は学校に行けず、というかもう学校に行きなさいと言わなくなった私。

昨日にスタバで一緒にお茶して決めた。
もう、この子を追い詰めるような事は言わないって。

あまり詳しく書くと学校が特定されてしまうので言えませんが、
以前の記事に書いたように長男は4歳の時に自閉スペクトラムとADHDの診断がつき、地元の小学校に入学するも、お友達とのトラブルやパニックで学校を飛び出す、暴れる、急に寝るなどの行動がありました。

私は教育委員会に相談して支援学級(情緒クラス)に編入できるよう手続きを進めていましたが、知的に問題ないこと(だから情緒クラスなんだって!と言いたかったけど言えなかった)、本人が途中から支援学級に入るのを嫌がっているという理由から卒業まで通常学級に在籍をしていました。

4年生からは不登校が本格的となり、反抗挑戦性障害が出現して家庭での対応が難しくなり医療保護入院の経験もあります。

卒業まで不登校は続きましたが、全くいけないわけではなくて、修学旅行や林間学校などは参加できているので、卒業アルバムにはずっと学校に通っていた感じで写真は残っています。

学校に行けたときは、基本保健室登校で、ベットで寝たり起きたりをしてzoomで授業を受けたり、給食を食べたりしていました。
内服管理は学校の保健室に朝、家庭で内服する以外の薬、お腹が痛くなったら整腸剤等は置かせていただくなどとても配慮をいてもらい、今でもその時の養護の先生とは交流があります。

中学受験を目指し始めた3年生の話

 長男が小学1年生の頃、自宅に届くフリーペーパーに近所の塾が無料テストをするとかいてあったため、長男に聞いたら
「やってみたい」というので、
全国統一小学生テストというものを受けてみたところ、

国語と算数のみでしたが、成績がよかったのでびっくりしたのを覚えています。
当時はサッカーとスイミングをしており、構語障害があったため、週に1回健康保険で小児リハビリテーションで言葉のトレーニングをしていたりと忙しかったため、塾は全く考えていなくてそのまま3年生までは全国統一小学生テストのみを受けていました。

学校の行き渋りが低学年からもあり、どうしたものかなと思い始めた小学3年生の時に、長男が

「塾に行きたい」と言い出したため、
テストだけ受けていた塾に週2回通わせることにしました。

当時、中学受験は全く考えていなくて、地元の公立中学の進学を予定していたのですが、行かせた塾は家から近所だったため、全国の名門校というところを目指すところだというのを後から知って「あわわ…」となって事を覚えています。

塾は中学年は四谷大塚・高学年はサピックスという教材を使って、先取り学習と復習を徹底したカリキュラムで、長男は宿題はやらない、塾の友達とは取っ組み合いのけんかをする等、問題行動が多かったのですが、先生方は勉強はもちろん礼儀についてもしっかり指導していただき、不登校の時は学校には行けなくても塾の先生が見守ってくださり、本人も安心感があるようで中学3年生の今でもその塾に通っています。

塾代はえぐかったが、かけがえのない経験を得ることが出来た。

塾のこと、中学受験の事は話すと長くなるので、また日々綴っていきたいともいます。
受験結果としては、難関校はラ・サール中学(鹿児島)合格、
国立附属中学合格、地元の私立中学2校奨学生で合格
を頂きました。

不登校でも、コミュニケーションは苦手でも勉強は本人にとっての強みとなり、今の本人の人格形成の上で塾や学校選びは重要なものだったと思います。

もちろん、順風満帆なわけではなく、色々ありましたが笑

それはまた、別の話で書きたいと思います。

今日は、フリーランス心理師になって初のイベントを企画しておりその打ち合わせに行ってきます。

子育て支援や悩むおかあさん方の力になれるよう日々自分も学びをとめずに行こうと思っています。

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