見出し画像

冬の色は何色…#「シロクマ文芸部」



「冬の色ね…」
従姉妹の静香はベッドをリクライニングさせて、病室の窓から外を見ている。
「何?雪でも降ってきたの?」
僕も静香の言葉に誘われて窓の外を見た。さっきから空は灰色の雲に覆われ、今にも雨か雪が降り出しそうだった。
「ううん、違うわ、透ちゃん。冬枯れの色。寂しい色ね」
僕は静香の傍らにより、そっと細くなった肩に手を掛けた。
この冬を越して桜が咲く季節を迎えられるだろうか。緑が輝く夏は…

冬の色が冬枯れの色なんて寂し過ぎるじゃないか。
病院からの帰り道、僕はショッピングモールに寄ってクリスマスツリーを買った。手に持てるだけのありったけのオーナメントも。
冬は寂しい色なんかじゃない。
僕が静香の冬の記憶を変える。病室中を赤や緑や明るい原色に染める。

従姉妹の静香は僕より二つ歳上だったが、小さな頃から身体が弱くて入退院を繰り返していた。僕の母と静香の母は仲の良い双子の姉妹だったから、自然と僕達は会う機会が多かった。外で皆と遊べない静香の為におままごとに付き合ったり、人形遊びの相手をした。
あれを初恋と呼ぶには、あまりにも幼かったと思う。でも僕は従姉妹で幼馴染の静香のことが、ずっと好きだっのかもしれない。そんな気持ちも伝えられないまま静香は二十二の冬、また入院した。
叔母さんが家のリビングで母に打ち明け話しをしているのを僕は廊下で立ち聞きしてしまった。

「お姉ちゃん、静香、そろそろ死んじゃうみたいなの」
「そう、じゃあ、そろそろ、あの子とお別れなのね」
「うん、今までありがとう、お姉ちゃん」
僕の母と叔母の啜り泣く声を耳にしながら、僕は音を立てないように二階へ上がった。

静香が死ぬ?
たった二十二歳で?

僕は健康に生まれたおかげで普通に学校に通い、スポーツもしたし、年頃になれば普通に好きな女の子と付き合ってそれなりの経験もした。
でも静香はどうだ?
体育の授業も受けられない。学校へは体調の良い日しか行けない。男の子となんてもちろん付き合った事もないだろう。
全部、全部我慢して生きてきて、その最後が病院のベッドで迎える「死」?!
神様はあまりにも不公平じゃないか。

あの日から僕は大学の帰りに静香のお見舞いに通った。今日、学校であった出来事やつまらない話しをして数時間を一緒に過ごした。叔母さんは、そんな僕をどんな目で見ていたのだろう。従姉妹同士の恋?それとも僕の同情?
とにかく叔母さんは、僕が病室を訪れる度に静香と二人きりにするためなのか席を外した。
「ゆっくりして行ってね、透ちゃん」 
洗濯だったり売店に買い物に行くと言っては出て行った。


次の日、一ヶ月のバイト料が吹っ飛ぶほど買い漁ったクリスマスの飾りを両手に抱えて僕は静香の居る病院へ向かっていた。
病院の前の横断歩道で、病室の窓から手を振る静香の姿が見えた。今日は体調が良いのかもしれない。
僕は少し嬉しくなって足早に病院へ向かう……はず、だった…
「静香〜〜」
手を振りかえして信号機が変わるのを待った。

「あっ」
その振動で僕の目の前に積み上げたオーナメントがコロコロと道路へ転がり飛び散った。
拾わなきゃ、静香の冬の色を変え…


キーーーーッ


ドカン!



僕の頭はどうやら車に引かれたらしい…
二十歳でかよ…
クリスマスツリー届けてあげられなくて、ごめんね、静香。
冬の色は冬の色は…冬枯れの色なんかじゃないよ…

アスファルトの道路が透の流す血で真っ赤に染まった。





満開の桜が咲き乱れている。
「退院おめでとう!」
病院の玄関で医師と看護師さん達が、静香に花束を渡した。
「ありがとうございます。長い間、お世話になりました」
満面の笑みで花束を受け取った彼女の頬も桜色に輝いている。静香はそっと左胸に手を当てた。
『ありがとう、透ちゃん』



でも少し遅かったわね。貴方は私の為に生まれた弟だったのに……


『お姉ちゃん、静香、そろそろ死んじゃうみたいなの』
『そう、じゃあ、そろそろあの子とお別れなのね』
僕は静香の胸の中で、あの母達の言葉が聞こえたような気がした。

















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?