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振り返ると…#「シロクマ文芸部」


振り返ると其処には誰も居なかった。
「気のせいか…」
和也は、さっきから誰かの気配を感じていた。
深夜の街、辺りは静まり返って、ただまた朝が訪れるのを待っている。明るかったネオンが消えた街をところどころ舗装が剥がれたアスファルトの道を和也は歩いていた。

ん?俺は何処へ向かって歩いてるんだ?

集配を待つゴミ袋の山が腐りかけた悪臭を放っている。袋の一角が破れたのだろう。おびただしく流れる濁った水だけが静の中で唯一の動きを見せている、流れている。ゆるやかな斜面を上から下へ落ちていく。明日になればカラスの群れが食いつきに来るだろう。
黒いベストに白いシャツ、首元の蝶ネクタイを緩めた。

何処へ辿り着きゃいいんだよ

再び和也は振り返る。やっぱり其処には誰も居ない。夜の闇がひっそりと佇んでいるだけだ。

こんなはずじゃなかったな

和也は僅か22年の自分の人生を振り返った。親の薦めるままに受験した医学部の大学入試は見事に全部不合格だった。ようやく滑り込んだ予備校で一年間勉強に明け暮れたが、翌年もまた落ちた。
嫌気がさして家を飛び出したのは19の時だった。
風呂のない共同トイレの安アパートで、夢を掴もうと思った。

尾崎豊じゃないんだからさ

バイトで飛び込んだバーのマスターに見込まれて、半年後には支店を一軒任された。たまに売上をちょろまかして風俗で遊んでみた。童貞を失ったのも、その時だ。

夢?俺の夢って何だったんだろう

首元に引っ掛かかっていただけの蝶ネクタイを凸凹のアスファルト道路に投げ捨てた。夜はまだ明けない。

振り返る、振り返る、振り返る……

何も残っちゃいないじゃないか

あっちへ行っちまおう
楽になっちゃおう

和也は坂道を下っていく。どんどん足早に吸い込まれるように下っていく。

「和也、和也、和也〜」

俺を呼ぶ声が闇の中に響いた。


もう一度、ゆっくりと和也は振り返った。
真っ白な照明の下で泣いているおふくろの顔が目の前にあった。
「先生、和也が、和也が意識を取り戻しました」
泣き顔がみるみるうちに笑顔に変わっていく。

ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ…

俺に繋がれた機械が電子音を奏でている。

白衣の医師達が俺をイジッているらしいが、分からない。

「和也、交通事故にあって1週間も意識がもどらなかったのよ」
おふくろが何だか自慢げに話しかける。

ああ、振り返った「あの時」に俺は車に轢かれたんだ。
そうか、助かっちゃったんだ。

「生きていてくれるだけでいいからね」

また、おふくろの頬を涙がつたう。
生きているだけ?
何言ってるんだ?

俺は椅子に腰掛けたおふくろの方を向こうとするが、首が動かない。

医師の中の一人がおふくろに沈んだような表情で話し掛けた。

「残念ながら、息子さんは頸椎損傷が酷く首から下は、この先も動かす事は難しいでしょう」
おふくろが、また号泣した。

はぁ?



俺はもう一生、振り返る事は出来なくなった。





せっかくの「クリスマス・イブ」なのにブラックな記事で、ごめんなさいm(__)m

本当は山根あきらさんの「絶望のメリー・クリスマス」にも向けて書いてたんだけど、昨夜3時まで飲んでて間に合わなかった(苦笑)

リアルな私の「絶望のメリー・クリスマス」はこちら↓

皆さんにとっては素敵な楽しいクリスマス・イブになりますように。



※山根あきらさん、画像をお借りしました。ありがとうございます。

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