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「新しい出逢い」#シロクマ文芸部

新しい人間のパパとママは優しい人のようだった。
でも僕は人間そのものを信用していなかった。

僕は花屋さんの二階にパグの両親と一緒に住んでいた。花屋さんを営むマダムのご主人は大きな設計事務所を経営していたそうだ。
お金持ちだったマダムとそのご主人に育てられたパグのパパとママは、とても贅沢に暮らしていたそうだ。高価なドッグフードだけを食べて、洋服も首輪もいつもハイブランドで統一されていた。
僕も、その家族の一員になった日から楽しくて贅沢な暮らしが始まった。真冬でも太陽の陽射しが燦々と降り注ぐサンルームで僕達はヌクヌクと楽しく遊んで暮らすのが仕事だった。
楽しく遊んでいる姿を見るとマダムとそのご主人は、僕達を誉めて高くて美味しいオヤツを与えてくれた。

そんなある日、マダムとご主人は突然、家へ帰って来なくなった。パグのパパとママは長い贅沢暮らしのせいで、チビの僕よりも「野生」と言うものを持ち合わせていない。
僕達家族は直ぐに路頭に迷った。先ず飲み水が底を付いた。ドッグフードの袋を食いちぎって穴を開けて食べていたけど、それもそろそろカラカラと失くなりそうな音を立てている。それから家中の灯りが消えた。人間は「電気」って物に頼って生きている。3月といっても夜は暗い上に寒かった。そのうち、家の外で大きな怒鳴り声が聞こえるようになった。

「金返せ!」
「借りた金は返せよな!」

お金?
お花屋さんのマダムと設計士のご主人はお金持ちじゃなかったの?
返せと言われても僕達が持ってるのは、後少しのドッグフードと首輪とお洋服だけだよ?
それよりも僕達だけ、どうして此処に置いていかれちゃったんだろう?
何日間が過ぎたか分からない。もう袋の中のドッグフードも無くなった。パグの両親と僕はカーペットの上に身体を寄り添って丸まって、じっとしていた。動くとお腹が空くし何よりも飲み水が無かった。お風呂場の床に残った水滴をペロペロ舐めて、かろうじて今まで生きて来たけど、もう何処にも僕達が手が届くところにお水らしきものはない。
だんだんと頭がぼーっとしてきた。僕達は、このまま此処で死んじゃうのかな?

その時、下の花屋さんでバイトしていたミカちゃんが懐中電灯を手に二階の僕達の所へやって来た。ミカちゃんは、よく僕達のお散歩係をしてくれていたお姉さんだ。

「早く、サラ金が来ないうちに逃げるよ!」

ミカちゃんは急いで僕達にリードを付けるとそのまま階段を駆け下りて、自分の車に僕達を押し込んだ。結構、乱暴な人だったんだな。
あっと言う間の早業だった。
何処へ連れて行かれるんだろう?
暫く走るとミカちゃんの車は、一軒の家の駐車場に停まった。
玄関を開けてミカちゃんが叫んでいる。

「お母さん、お母さん、この子達連れて来たから暫く家に置いてよね」

お母さんと呼ばれたまぁるい顔の優しそうなおばさんが奥から出て来て、僕達を代わる代わるに抱き締めた。
「怖かったね、寒かったね、よく来たね」
なんだか泣いているように見える。ミカちゃんのお母さんが何故、僕達を抱いて泣いてるんだろう?

「全く酷い飼い主だよ!自分達ばっかり夜逃げしちゃって!この子達を置いてっちゃって!」

ミカちゃんは頭から湯気を出しそうに怒ってる。
良い人だけど感情の起伏が激しいんだよね。
まぁるい顔のおばさんは
「ゆっくりゆっくり飲むんだよ」
って僕達の前にお水の器を出してくれた。ハイブランドの食器じゃなかったけど、あの時のお水は美味しかったな。
ゴクゴク……
若い僕はあっという間に飲んじゃった。

マダムとそのご主人は仕事に失敗して「夜逃げ」ってのをしたのを初めて知った。もう僕達の所へは帰って来ないのも……
捨てられちゃったんだ、僕達。
パグのパパとママは、人間の歳で言うと80歳過ぎのお爺さんとお婆さんなんだって。だから、ミカちゃんが貯金をはたいて動物病院へ入院する事になったんだ。
僕は一人ぼっちになった。
僕が人間を信用しなくなったのには、そんな経緯があるからなんだ。僕もショックで、あれ以来ご飯が食べられなくなっちゃった。それにミカちゃんのお家で出してくれるのは普通のドッグフードだしね。舌の超えたセレブな僕には少し苦手だったんだ。
ミカちゃんのお母さんが、ある日
「いい事思いついた!」
って、大喜びで何処かへ電話を掛け始めた。
あ、言い忘れたけど、ミカちゃんの家にはハナちゃんて、とっても怖いお姉さん先住犬が居たんだ。いつもちっちゃな身体で
「ウー、ウー」
って僕を威嚇してくるの。チワワってメキシコの闘犬なんだって。ちっちゃなくせに凄く怖いんだよ。だからハナちゃんと僕を一緒には飼えないって、ミカちゃんのお母さんが謝るんだ。
僕だって、あんな怖いお姉さんと暮らすのは嫌だよ。ずっとドキドキしていなくちゃならないもん。

あ、電話の話しだったよね。
ミカちゃんのお母さんは、どうやらもう一人の自分の娘に僕を飼わせようと思い付いたみたい。

「いい?人間修行だと思って、この子をちゃんと飼うんだよ!」

ミカちゃんもミカちゃんのお母さんも、良い人だけど感情的なんだよね。それに直ぐに行動に移すんだ。僕は、もうその日のうちにミカちゃんにミカちゃんのお姉さんのお家に連れて行かれたの。
僕って、どこまでも薄幸の美少年って感じでしょ?
ミカちゃんのお姉さんは呑気な感じの人で、ミカちゃんとは違うタイプだったから、ちょっとだけ安心したよ。

「お姉ちゃん、ごめん。血統書まで持って逃げられなかった。でも、この子正真正銘の血統書付きのパピヨンだから」
「そんな事、どうでもいいよ」
お姉さんは笑ってたよ。
それから、僕は今度はミカちゃんに置いて行かれたんだ。「たらい回し」って、こういう事を言うんでしょ?
僕はミカちゃんを追って、マンションのドアを爪でボリボリ齧りながら「くぅーくぅー」って泣いたよ。もう泣きつかれてて「ワンワン」って声が出ない程痩せこけてたんだ。ミカちゃんのお姉さんが後ろから「ヨシヨシ」って抱いてくれたけど、まだ人間は信用出来なかったな。

夕方になると大きな男の人が、
「ただいま〜」
って、大きな声で帰って来た。僕を見てその人は
「なんだ、このチビ(笑)耳がヒラヒラしてて可愛いな~、今日から家の子になるか!」
って、太い腕で僕をいきなり抱き上げたんだ。
「sannちゃん、チビ助にいっぱい食わせてやれよ。痩せてるから」

新しい人間のパパとママをほんの少し信用してもいいかな?
その人を見て僕は思ったんだ。
僕の名前はゴン。ご主人様はダーちゃんって言うんだよ。sannちゃん?sannちゃんはママだけど、お家の中の位は僕の下かな?(笑)だって、あの人そそっかしいもん。

僕は、この時からずっと長い間、もう何処へも行かなかくてよくなったんだ。その長い長いお話しは、また今度ね。







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