「夕焼けは」#シロクマ文芸部
夕焼けは、遠くに連なる山々を紅く燃え上がらせ、やがてゆっくりと夜へと溶けていった。
夜は、いや、闇への誘いはロマンティックな雰囲気を辺りに漂わせる。公園のベンチに座っている二人のカップルの様子が私はさっきから、気になって仕方がなかった。
「だから…」
さっきまで、その頬を夕焼けで赤く染めていた男が、隣に腰掛けている女の視線に気付かないふりをして前を向いたまま話している。
「だから、だからさ…」
私には次にくる言葉が分かる気がした。
しかし、黙ったままじっと男の瞳を覗き込んでいる女に申し訳なくて、予感が外れてくれる事を祈った。
女性の瞳に光るものを見たと感じたのは気のせいか。
「別れてくれないか。彰子に子どもが出来たんだ」
ほら、やっぱり。
「えっ」
女性は一瞬驚いたように肩をびくっと動かした。
まさか、プロポーズの言葉でも待っていたんじゃないよな。こんな公衆トイレが直ぐ傍にある小汚いベンチで、身の丈に合わないようなスーツを着た男が、プロポーズなんてするはずがないじゃないか。
「どうして、どうして…」
今度は女は大げさに肩を震わせて泣き出した。
もう少し傍へ寄ってみるか。
「一緒になって…くれるって、あんなに言ってくれた…じゃない」
白熱街路灯の灯りに集まった虫が、ブンブンと不規則な動きで飛び回っている。
とんだ三文芝居に付き合わされちゃったな。
もう、そんなに時間がないんだけど。
「かぁ〜、かぁ〜」
お嬢さん、大丈夫だよと私は声を掛けてみた。
「しっ、しっ、あっちへ行けよ!!この烏!!」
今更、男が紳士ぶって私を追い立てた。
悪いな、私も仕事で来ているのでね、そう安々とは引き下がれないんだよ。
「ひっく…ひっく…ひっく…」
泣きじゃくる女に、もう一度私は声を掛けた。
「かぁ〜、かぁ〜」
心配しなくて大丈夫だよ。
私はない口角を上げて笑ってみせた。人間にどう映るかは分からないが。
「この図々しい烏め!あっちへ行け!!」
だからさ、私も仕事なの。
街灯の虫達も、そろそろ闇に消えて行く。
さて、私も仲間を呼んで旅立つとしようか。今夜は一斉に大合唱しなければならないからな。
男は女の肩を抱き、懸命に説得を試みている。
だから、そんな無駄なことをしなくても、大丈夫だって教えてやっただろ。
「かぁ〜、かぁ〜、かぁ〜…」
幾千もの私の仲間達が空を漆黒に染めて、此方に向かってやって来た。
ダン!ドドドドーーーーーーーッ
ほら、来た。
「かぁ〜」
私は精一杯の声を張り上げて、空へ舞い上がった。
もうすぐ、この大地震で此処にも津波が押し寄せて来る。
お前達の不倫も罪も全て、綺麗さっぱり流されるから大丈夫だ。安心したまえ。
「かぁ〜、かぁ〜、かぁ〜」
それにしても今日は、一晩中鳴かなければならないのに、喉の調子が悪いな。のど飴でも盗んで舐めておけば良かったか。
あの燃えるような夕焼けは、大気の状態が異常に不安定だったのさ。
夕焼けには血の匂いが染み込んでいるって、知ってた?
いや、もう知らなくていいか。
了
小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
よろしくお願いします。
さてと次は
じゃぬん♪