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「ショート」チックタックなメリークリスマス

チックタックチックタック……

テーブルの上にはローストビーフと今年はよく燒けたと思うチキン、タコのマリネはお醤油ベースのドレッシングに粒マスタードを加えて一工夫。お酒が弱い彼のためにずわい蟹のドリア、これは缶詰使っちゃったけど。
冷蔵庫の中には冷やしたシャンパンと小さなケーキ。
今年は「美味しい」って言ってくれるかな?
照れ屋の彼がかしこまらないようにクリスマスのデコレーションは小さなツリーと赤と緑のランチョンマットだけ。

「うーん、完ぺき!」

美咲は思わず声に出して言った。

それにしても24日の日曜日までお仕事なんて、賢治さんの会社って一流企業だって聞いてたけど、ちょっとブラックじゃないかしら?

美咲は壁に掛けたお気に入りの白い鳩時計を見上げた。

チックタックチックタック……

ポッポー・ポッポー

小さな鳩が忙しそうに飛び出して美咲に6時を告げた。

日曜日なのに残業?
焼いたばかりのチキンが冷めてしまう。また電子レンジで温め直せばいいけど、なんだか冷めた恋をやり直すようでイブの夜にはしたくない。

チックタックチックタック…

過ぎていく時間と冷めていくチキンが美咲の心を暗くする。

電話を掛けてみよう。
『仕事中には掛けないでね』
って彼がいつも言ってたけど、今日は特別な日だからいいでしょう?

ツルルル〜ツルルル〜ツルルル〜…

賢治の携帯はせっかちに5回鳴って留守番電話に切り替わった。

いつもそう。

美咲はまるで自分のスマホが悪いように液晶画面を睨んだ。賢治はいつも一回では電話に出ない。大概、後から自分で掛け直してくる。

「もう少し、着信長く設定したら?」

遠回しにお願いの提案をしても

「そのうちね」

やんわりと断わられ続けた。

チックタックチックタック……
お気に入りの鳩時計も今夜は美咲の耳にはうるさく響く。

分かってるわよ、もう。

テレビでは、お笑い芸人が今年の頂上決戦を繰り広げている。来年から人生が変わるのだから必死のオーバーアクションだけど今夜の美咲は笑う気にはなれない。うっとおしい虚しい笑いが鼻につく。

彼らのせいじゃないのに…

白いソファに座ってクッションを握り締めた。
その時、美咲のスマホが鳴った。画面に映る「賢治」の名前が愛おしい分だけ憎たらしい。それでもドキドキしながら受信する自分もなんだか今夜は惨めな気持ちになる。

「もしもし…待ってたのよ、チキンが冷めて…」

次は〜新横浜〜新横浜〜、御乗車のお客様は…

スマホから流れてきたのは大音量のJRのアナウンスと雑踏の音。

「どういうこと?仕事中じゃないの?」

耳をそばだてて雑踏の中の賢治の声を探した。でも意外にもスマホの向こうから響いてきたのは、途切れがちな知らない女性の声だった。

「幸せ……楽しかった…ありがとう」

えっ、何?
賢治さん、私じゃない人とクリスマスデートをしていたってこと?

「うん……あ、りがとう……僕も愛して……」

賢治の低い声は雑踏に紛れて余計に途切れがちで聞こえづらい。

ああ、私がさっき電話を掛けたから何かの拍子に触れて掛かってきちゃったのね。賢治さん、スマホにロックを掛けないから……

美咲はちょっぴりの罪悪感を抱えながらも好奇心には勝てなかった。そのままスマホを耳にギュッと強く押し当てた。
暫くガタゴトと電車が走る音だけが耳に響く。

賢治さん、貴方が悪いのよ
私にこんなお行儀の悪いことをさせるのは。

川崎〜川崎〜御乗車のお客様は…

「じゃあ、ありがとう……」
「うん」

どうやら、女性が電車を降りて行くらしい。
美咲は其処でスマホの通話を切った。もう聞くべき事は何もない。

チックタックチックタック…

ポッポー・ポッポー

うるさい!!

鳩時計の鳩さえ美咲にはもう敵に見えた。

騙されてた?騙されてた!
二年間も。
クリスマス・イブに逢う人が普通は一番好きな人よね?
裏切られてたって事?
何なの、私
こんなにお料理作って、バカみたい。


美咲は台所に向かって包丁を取り出した。今夜の肉料理の為に研ぎなおしたピカピカの刃先だ。
リビングのローストビーフに突き立ててみた。
赤い肉汁がジワ〜っと皿に滲み出る。

もう少し焼けば良かったかな?

次に一切れ切ってみた。
肉片から出る赤い血が白い皿を汚していく。

チックタックチックタック…

上等じゃない
どうせ、一人ぼっちのクリスマス・イブよ。

冷蔵庫から今日の為に買ったハインツのグレービーソースと昨夜飲み残した赤ワインの瓶を出した。

チックタックチックタック……

ローストビーフの上からたっぷりとグレービーソースを掛けて口に含んだ。
「ちょっと生っぽかったわね」
赤ワインを瓶のまま飲んでみた。
「血の味?」

お料理なんて、ちっとも上手くなってないじゃない。だからフラレるのよ。バカみたい。

血の味を口の中から流すようにまたワインを煽った。
包丁はテーブルの上で光っている。

チックタックチックタック…

鳩時計は、どんなときも忙しく時を刻んでいく。


ピンポーン

美咲のマンションのチャイムが鳴った。
賢治は背広のポケットへ手を突っ込んで美咲へのプレゼントの指輪の箱を確認した。

「クリスマス・イブの夜にプロポーズしよう!」

以前から賢治は、そう決めていた。
ずっと別居中だった妻とは、さっき正式に別れて来た。キャリアウーマンの元嫁は年末の仕事が忙しくて、今日の日曜日しか時間が取れないと言われた。

「幸せだったわ、ありがとう」
「うん、今までありがとう。僕も愛していたよ」

円満に笑顔で別れる事が出来た。
美咲は、びっくりするだろうな、喜んで泣いてくれるかな?

ピンポーン

賢治はもう一度チャイムを鳴らした。






※市子さんの「とてちてた」の物語が、あんまり素晴らしかったので「チックタック」の音で便乗してみました(笑)
ラストは三羽さんのマネして読んで下さった方の『ご想像にお任せします』
って、全部パクりやん(笑)
ごめんなさいm(__)m








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