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「交絡」の初出は鎌倉時代どころか5世紀まで遡れる件。

「交絡」という語やConfoundingの訳語としての使われ方は、いつからなのか知りたくなって、調べられるだけ調べました。

もし、追加情報を持った方がいらっしゃったら、教えてくれると嬉しいです。

2021/05/25
@nutrepi先生から指摘された文献の年違いを修正。その他の誤字修正。
@2988yukikaze様から凄い情報を頂きましたので追記。

結論

「交絡」の初出は鎌倉時代どころか、5世紀まで遡れました。もしかすると、もっといけるかもしれません。
Confoundingの訳語の初出としては、はっきり示せませんでしたが、1969年発行の「実験計画法」(培風館)という書籍で使われたのではないかと思います。
現物を確認できたら、報告します。

発端

某学会での発表に「Confounding=交絡を最初に訳出した人は分かりますか?」という質問が上がったのですが、普通に考えて分かるわけがない。(質問者も、もし分かれば教えて欲しいというレベルだったので、意地悪な質問という訳ではありません)

この謎を求めて、アマゾンに飛び立ちたかったのですが、コロナのため、飛行機にのるわけにもいきません。ソーシャルディスタンスを保ちつつ、データベースを調べることにしました。。

新聞データベースに飛んだ。

まず、交絡という言葉自体がいつくらいから使われているのかを探してみることにしました。私が利用できる新聞データベースは朝日新聞読売新聞です。

「交絡」をキーワード に検索すると、「外交絡み、」という文章がいくつか出てきます。これは明らかに求めている「交絡」とは異なるので、除外します。

そうすると、下記の記事が出てきました。

1980年12月1日(読売新聞・書評)
「騎行・車行の歴史(加茂儀一著) 世界を作った人馬交絡
1992年6月28日(朝日新聞・カイコガの記事)
「(絹と)ナイロンとの交絡技術も含め、」
2003年12月19日(朝日新聞・コレステロール値と健康の記事)
「ほかの危険因子など、何らかの交絡要因(混乱を生み出す要素)についての検討が必要である」
2005年9月20日(朝日新聞・津田先生のインタビュー記事)
交絡要因候補と呼ばれる「他の要因」は、疫学分析の中でその影響が調節されて、」
2011年2月25日(読売新聞・科学カフェ)
「二つの事柄両方に影響を与える「交絡」要因を取り上げた。」

2000年代以降は、少数ですが新聞でもConfoundingの訳語として「交絡」が使われていることが分かります。

コーパスデータベースに飛んだ。

すぐに使えるデータベースとして、現代日本語書き言葉均衡コーパス検索システム (BCCWJ)を利用しました。ここで検索すると、1978年の大蔵省印刷局の通商白書や1979年の中小企業白書がヒットしました。ここでは下記の様に使われています。

大蔵省印刷局の通商白書(1978年版)
交絡項を省略してあるため各要因の変化合計は全変化額(総合的な変化額)に一致しない。」
大蔵省印刷局の中小企業白書(1979年版)
交絡項は,各要因の複合作用による寄与度を表す。」

「交絡項」が統計学的な用語として使われていることがわかります。しかし、、これら使用方法はConfoundingの訳語では無さそうです(全文を読んでいませんので、はっきりとは言えませんが…)。

また、国語研日本語ウェブコーパスでは、「交絡」が混繊を作る技術を指す言葉として使用されていることが分かりました。もちろん、Confoundingの訳語としても使われていましたが、初出や訳出した人などは分かりませんでした。

コーパス検索アプリケーション中納言を使えば分かるかも知れませんが、登録が必要です(未登録なので使えない)。

串刺し検索に飛んだ(仏教語大辞典)

色々な辞典の串刺し検索などができるジャパンナレッジを使いました。そうすると、検索画面の一番最初に、仏教語大辞典がヒットしました。

この文献では、下記のように記載されています。

八宗綱要 下・華厳宗 「一代化儀、唯舒二此経一。(略)舒則一代八万森羅交絡、巻則九会妙説深広該摂」

お、おう。漢文は得意だったが、流石に読めん。

ネットで「八宗綱要」を検索すると、いろいろ記載が有りました。東大寺僧である凝然 (1240~1321) の著書「八宗綱要」とのことです。

上の引用部分に「交絡」という語が出てきています。凝然が29歳の時の著書らしいので、1269年前後ということになるかと思います。

ここで、「交絡」は「入りまじり、からまりあって、数多いこと」という意味で使われているそうです。今の交絡とは全く同じではありませんが、イメージするところは似ているように思います。ただし、読み方は「こうらく」ではなく「きょうらく」とのこと。

流石にこれよりも前にはないと思うので、「交絡」の初出は「八宗綱要(凝然, 1269)」ということに暫定的にしたいと思います。

2021/05/25追記:5世紀まで遡れる?!

龍樹が著した大乗仏教の注釈書である十住毘婆沙論(漢語訳は鳩摩羅什による)のなかに、という文章が出てくることを教えて頂きました。

「紫磨金縷をもつてその界に交絡せり」
SAT大正新脩大藏經テキストデータベース

この十住毘婆沙論の漢語訳に出てくる交絡が(現在のところ私が)確認できる限りの「交絡」の初出です。

十住毘婆沙論が厳密に何年に漢語訳されたのか厳密には不明のようですが、鳩摩羅什の没年が西暦413年(または409年)ですので、少なくとも5世紀初めまでには「交絡」という語が出現していたと言えそうです。

マジか。

@yukikaze様(@2988yukikaze)に教えて頂きました。ありがとうございました。

串刺し検索に飛んだ(岩波数学事典)

ジャパンナレッジでは、岩波数学事典の「実験計画法」の項目もヒットしていました。

高次の交互作用をブロックと交絡させる交絡法一般,主効果の一部をブロックと交絡させる分割法については[8], [1]に詳しい.

この内容はConfounding=交絡という訳語に近づいている気がします。
なお、ここで示されている文献[1]と[8]は下記の文献です。

[1] W. G. Cochran-G. M. Cox, Experimental design, John Wiley, 1950, (邦訳)実験計画法, I, II, 丸善, 1953;
[8] 奥野忠一‐芳賀敏郎, 実験計画法, 培風館, 1969;

このいずれかがConfounding=交絡の初出である可能性が高いと考えられます。

英語の初出は、いつなのだろう?

そもそもConfoundingが現代的な意味として用いられるようになったのが、いつなのかを知ることが必要です。それが分かれば、英語として使われる前の訳本には、Confounding=交絡という訳語が出現するのはかなり可能性が低いという判断ができます。

Fisherは1935年の著書「The Design of Experiments」の中で、理想的な無作為化実験における誤差の原因を示す言葉として「confounding」を用いているそうです(英語版Wikipedia)。このFisher(1935)の「Confounding」は現代的な疫学等で用いられる意味とは異なっています。

これもまた英語版Wikipediaの受け売りになりますが、現代的な意味で「交絡」という言葉を使ったのはKishとのことです。Vandenbroucke, J. P. (2002)の「The history of confounding」とかいうそのものズバリの論文からの情報です。

初稿では、Vandenbroucke, J. P.の文献の年に誤りがあり、修正しています。(@nutrepi先生にご指摘頂きました)。

このKishの論文でconfoundingが登場する箇所を引用すると、下記の様になっており、現代的なConfoundingの理解と同じと見て良さそうです。

分析者は、自分が表明した関心事とは無関係なこのような変数に起因する効果を(例えば、クロス集計、回帰、標準化を通じて)除去しようとするかもしれない。そして、いくつかの交絡変数から解放された都市住民と農村住民の間の差を計算する。これに続いて、適切な有意性の検定を行うか、できれば信頼区間の記述など、他の形式の統計的推論を行うことができる。(DeepL翻訳)

結局訳語の初出は?

1959年のKish論文が英単語としての初出であれば、訳語は当然その後となります。上記の2文献は強い候補でしたが、1959年より後という条件が加わると、1953年に訳本が出版された実験計画法(丸善)ではなく、1969年に出版された実験計画法(培風館)が初出ではないかと思います。

現物が手元にありませんし、入手も困難なので、確実なことは言えませんが…
是非、入手して確認してみたいと思います。

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