広瀬和生の「この落語を観た!」vol.57

9月5日(月)
「渋谷道玄坂寄席 三遊亭兼好・三遊亭萬橘 二人会」@渋谷プレジャープレジャー


広瀬和生「この落語を観た!」
9月5日(月)の演目はこちら。

桂伸び太『やかん』
三遊亭兼好『提灯屋』
三遊亭萬橘『千両みかん』
~仲入り~
三遊亭萬橘『無精床』
三遊亭兼好『三年目』

『提灯屋』は文字の読めない町内の若い連中がチンドン屋にもらった広告を読めなくてあれこれ勝手な想像を膨らませるのが前半。隠居に「新しく出来た提灯屋の広告だ」と教えられ、「開店祝いで紋の描き賃は無料、描けない紋があったら提灯を無料で進呈」と書かれていると知って若い連中が次々に提灯屋に押しかけ、「判じもん」と称して無理難題を吹っかけて提灯をただで持っていくのが後半。前半のワイワイガヤガヤは兼好独自の台詞回しで新鮮に楽しめて、後半では「スッポンで目が二倍良くなった」で「丸に四つ目」(スッポン=まる)、「普通の酔っぱらい」で「波(並み)に千鳥」等々オリジナルの「判じもん」が次々に出てくる。従来のもので出てくるのは「床屋の看板が湯に入って熱い」で「捩じ梅」だけ。

極め付きは「東海道の旅に出て亰大坂を見た帰りに立派な山を見ていると女に赤ん坊を預けられ、捨て子と判ったが後の祭り、この赤ん坊を連れて家に帰ったら女房がヤキモチ焼いて『浮気なんかしたらどうなるか忘れたの!?』と怒って包丁を持ち出して長屋はもう大騒ぎ」という物語で「藤(富士)に抱き茗荷」(茗荷を食べると「忘れる」)。提灯屋が可哀想なので元を取らせてやろうと高価な提灯を対で買いに出かけた隠居が普通に「雁金」と言うと、「判じもん」と思い込んで頭に血が上った提灯屋は「これでしょう」と描いてみせる。「いや、鳥の雁金だよ? なんで怖いオジサンの顔?」「借金取りかと思った」とサゲもオリジナル。

萬橘の『千両みかん』は冒頭で旦那に呼び出された番頭が「来年の暖簾分けで五十両を頂ける件ですね、もうおかみさんに聞きました。ありがとうございます」とペラペラしゃべって出ていこうとし、「どうもお前は思い込むと周りが見えなくなるな」と叱る、という一幕があって、これが後の展開に効いてくる。寝込んでる若旦那に「みかん買って来ますよ」と安請け合いした番頭が「若旦那は恋焦がれてるものがあるそうです。ふっくらとした、きめの細かい、つややかな、美しい…」と言う途中で「みかんか!」と旦那が言い当てたのには爆笑。そこから蜜柑問屋に至るまでの展開も萬橘オリジナルのバカバカしいやり取りで大いに笑わせる。蜜柑問屋では蔵いっぱいのみかん箱を次々に開けていく場面をリアルに描いて聞き手を引き込んだ。演者のキャラが番頭に見事に反映され、この番頭のリアクションがいちいち可笑しい。この番頭なら、あのラストも不自然に思えない。

『無精床』の愛想の悪い親方もまた、萬橘のキャラにピッタリ。看板に「湯気が立ってる飲み物」が描かれているこの店の名は「ココア床」。江戸時代設定の中で、酷過ぎる親方と可哀想な客の不毛なやり取りが目の前で起きているようにリアルに進行していく楽しさ。時代設定などを変えずにここまで面白い『無精床』は初めてだ。萬橘の卓越した落語脳が遺憾なく発揮された爆笑編。元結をはじかれてザンバラ髪のまま代金を払って逃げるように出ていく客の「自分の頭だと思ってもっとちゃんとやれよ!」という捨て台詞に親方「俺なら俺に頭は預けない」でサゲ。

兼好の『三年目』は病床の愛妻を気遣う男と亭主が後妻を持つのだけが気懸かりだという女房の会話が生き生きと描かれて共感を呼ぶ。「祝言の夜に幽霊になって出てきなさい」への「出てもいいんですか?」が愛おしい。夫婦が「本所のおじさんは私が死んだら後添えを持てとしつこく言うでしょう」「確かに」と具体的に“本所のおじさん”を名指ししているのは兼好らしい工夫で、この女房が亡くなるとすかさず「ハイ、本所のおじさんです」とにこやかに登場するのが楽しい。去り際にも「本所のおじさんでした」と言うので場内大笑い。こういう楽しさが兼好の持ち味で、ともすれば地味になりがちな『三年目』に素敵なアクセントを与えている。

本所のおじさんの圧に耐え兼ねて後添えをもらった初夜、「先に寝なさい」という夫に「いえ、あなたより先に寝るわけにはまいりません」と新妻が答えたあとで「…昔はそうだったんですね」と地で語って、現代の夫婦像についてパターン分析してひとしきり笑わせてから、元の場面に戻る。このあたりも見事だ。

待てど暮らせど先妻の幽霊は出てこない。「いい女だったからなあ。私のためを思って、こうして後添えもいるからと『もう私は浮かびましょう』と、案外あっさりと浮かんでくれたのかもしれない。生まれ変わったらまた可愛がるから、浮かんでおくれ。ありがとう」と納得した男は新妻と睦むようになり、男の子も出来て三年目。先妻の法事で墓参りをした晩、目を覚ました男は「前のあいつにもこれくらいの子がいたら、また違ったんだろう。可哀想なことをした」と思っていると、先妻の女房が現われて「約束が違います」と恨み言を言い始めるので、「約束が違うのはお前の方だろう」と言って話しあう二人。ここでまた本所のおじさんの話題になって笑いを呼ぶのが素晴らしい。サゲが見えている中で一筋縄では終わらない兼好の工夫が生きている。

話としては単調で「サゲありき」な落語であるからか、近年ではあまり高座に掛からない『三年目』を、兼好は見事に蘇らせた。さすがである。こういう『三年目』は兼好にしかできないし、これを真似しようと思っても無理だろう。兼好と萬橘、両者の「唯一無二」の魅力を堪能させてくれる、素敵な二人会だった。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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