広瀬和生の「この落語を観た!」vol.42

8月14日(日)
「市馬落語集 お盆特別公演」@国立劇場大劇場

広瀬和生「この落語を観た!」
8月14日(日)の演目はこちら。

【第一景】精鋭落語会~柳亭市弥真打昇進前祝~
柳亭市弥『のめる』
三遊亭兼好『壺算』
桃月庵白酒『お茶汲み』

【第二景】通好み三選~お囃子連中~
五街道雲助『電話の遊び』
春風亭一朝『植木のお化け』
柳亭市馬『三十石』

【第三景】三宅坂名残三巴
春風亭一之輔『蟇の油』
柳家三三『星野屋』
柳亭市馬『天災』

三部構成の豪華な落語会、トップバッターは今秋真打昇進して八代目柳亭小燕枝を襲名する市弥。演じた『のめる』は、賭けの相手から「一本歯の下駄お前にやる」と言われて「そんなの履いたら前にのめる」と言って一円とられた男が隠居に相談しに来て「詰将棋でつまらねえと言わせる」作戦を授かるという展開で、練馬のおばさんの沢庵大根のくだりは抜き。

「♪いいの買ったね、っと」でお馴染み、兼好の『壺算』。買い物上手なアニィが「爺さんと二人暮らしだった幼い頃」のエピソードを語って五十銭まけさせる楽しさは兼好ならではの趣向。混乱した店主が「わかりました! 最初は五十銭、さらに一円まけたんだから三円あるのがおかしいんです。おつりを渡すのを忘れてました」と言うのが兼好のサゲ。多くの場合、サゲの台詞(「この三円もお持ち帰りください」等)を言う店主は面倒臭くなってヤケになってる感がアリアリだが、兼好の店主は「解決した!」と嬉しそうな表情なのが印象的だ。

白酒の『お茶汲み』は前半の“吉原でモテた話をする男”のパートが単調にならず、聞き手を見事に引き込む。その花魁の身の上話を聞いた男が吉原に行き、花魁の先手を取って自分に置き換える男のパートでは、生き生きと話す男と花魁との温度差が可笑しい。『お茶汲み』をこんなに楽しく聴かせてくれる演者は白酒だけだろう。

第二部は音曲噺の世界。『電話の遊び』は明治の新作で、六代目圓生が演じたことがあったものを雲助が掘り起こした演目。茶屋遊びを堅い若旦那に咎められた隠居の大旦那が茶屋の芸者や幇間と電話で繋いで自宅の電話室で騒ぐ場面では鳴り物を入れて派手に演じる。「選挙中なので謹んでいただきたい」と父に意見する堅い若旦那の描き方が、いかにも明治の財界人らしく、すべての登場人物の“明治時代らしさ”はさすが雲助だ。

『植木のお化け』は一朝が得意の喉を聞かせる音曲噺。「煮え湯をかけられて枯れてしまった植木のお化けを見ながら晩酌をしている」という隠居の話を聞いた熊さんが、夜やって来て築山から次々と出てくる植木のお化けを隠居と一緒に見る噺で、それぞれの植木のお化けは三味線や歌と共に現われ、歌の内容が植物の名にちなんだ洒落になっているという趣向。雲助に続き、これまた一朝ならではの一席。

『三十石』は江戸っ子が伏見から三十石船で大阪へ向かう噺。“おまるを持って乗って来たお婆さん”のくだり等で笑わせた後、船が出ると船頭が舟歌を唄う。威勢のいい船頭の台詞と、気持ちよさそうに歌う市馬の喉を楽しんでいるうちに夜明けの朝もやの中を船が進んでいき、「三十石、夢の通い路でございます」でサゲる。これも市馬ならではの一席だ。

第三部は酔った蟇の油売りのハジケた暴れ方が爆笑を呼ぶ一之輔の『蟇の油』で幕を開け、旦那と妾の“男と女の駆け引き”を描いて聞き手をその世界に誘う三三の『星野屋』が続き、泰然自若とした紅羅坊と江戸っ子の八五郎との対比が鮮やかな市馬の『天災』でお開き。熊五郎宅での八五郎の失敗の可笑しさは柳家の本寸法だ。

ボリュームたっぷりの長丁場だったが、ちっとも聞き疲れることなく最後まで新鮮に楽しめた。素晴らしいプログラム、期待に応えた演者たち。「これぞ落語!」という充実の特別公演だった。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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