広瀬和生の「この落語を観た!」vol.98

11月18日(金)
「和泉の新作コレクション2022秋 by広瀬和生」@国立演芸場

広瀬和生「この落語を観た!」
11月18日の演目はこちら。

「和泉の新作コレクション2022秋 by広瀬和生」

金原亭杏寿『牛ほめ』
弁財亭和泉『冷蔵庫の光』
江戸家小猫(動物ものまね)
弁財亭和泉『謎の親戚』
~仲入り~
弁財亭和泉『豚次誕生 秩父でブー!』

この日は「三三と豚次の五日間~柳家三三『任侠流れの豚次伝』通し公演」四日目と重なっていたけれど、もちろん自分プロデュースの会に出席。奇しくも和泉は「豚次伝」の第一話『豚次誕生 秩父でブー!』をやることが直前の打ち合わせで決まっていた。2022年6月上席の池袋演芸場夜の部は日替わり主任による「豚次伝」通し公演が行なわれ、初日は和泉が第一話を受け持った。和泉は池袋のトリに備えて5月に某所でネタおろしをしていたとのこと。僕は池袋で観たが、白鳥本人とも柳家三三とも違う、和泉ならではの感動的な人情噺となっていた。

『冷蔵庫の光』は2022年7月の「せめ達磨」でネタおろしして以来頻繁に高座に掛けている、和泉ならではの傑作。僕は8月に高田馬場ばばん場の「馬るこ・和泉二人会」で初めて聴いて大いに気に入った。冷蔵庫を埋め尽くす賞味期限切れの調味料や食材の数々を必死に守ろうとする妻と「今日こそは」と次々に廃棄していく夫のせめぎ合いは、身につまされつつ笑わずにはいられない。家庭の“あるある”に着目して落語に仕立てる和泉の才能には脱帽だ。

チラシなどでネタ出しをしていた『謎の親戚』は2022年1月の「せめ達磨」でネタおろしした噺。「せめ達磨」でネタおろしした噺を確実に新たな武器として育てている和泉は本当に素晴らしい。僕は今年3月のシブラク「立川吉笑三題噺チャレンジ」初日を配信で観た時に初めて出会った。法事の度に会っては親しげに自分の幼少期の“全然覚えていないエピソード”を話してくる、名前も関係もわからない“親戚のおばさん”に困惑する40歳の男性が、今さら「あなたは誰ですか」とは聞けず、数少ない手がかりから正体を突き止めようとして“次郎おじさん”に聞いてみようとするが、謎は深まるばかり……。“付き合いがない親戚”と法事で顔を合わせて誰だかわからず向こうは親しく話してくる気まずさ、というテーマで落語を作ってしまう和泉は凄い。かつて“OLネタ”の演者として知られた和泉だが、今や“家庭ネタ”の達人だ。

和泉の『豚次誕生 秩父でブー!』は、母を養豚場から救い出そうとする幼い豚次のいたいけな可愛さがたまらない。「母ちゃん、迎えに来たよ。一緒に逃げよう。あのね、僕たちは家畜なんだ。人間に食べられちゃうんだよ」と母に教える豚次。だが母は「知ってたよ。家畜には家畜の運命があるんだよ。母ちゃんは逃げない」と言うと、豚次を養豚場の外れまで導いて「さあ、行くんだよ」と促す。

「ここからは一人でお逃げ」「なんで!?」「私は家畜としての運命をまっとうする。お前はみんなの分まで自由に生きるんだ。さあ、早く行きなさい!」「いやだよ、母ちゃんと逃げるんだ!」「しっかりしなさい! お前はもう子豚じゃない。任侠の道に入ったんだろ? 追手が来たら母ちゃんが食い止めるから、一人で行きなさい。これはみんなの形見、お守りとして持っていきなさい」と真珠を手渡す母。「お前は自由になって、いろんな人に会いなさい。そして、困ってる動物がいたら助けてあげるんだよ。母ちゃんは、兄ちゃんや姉ちゃんがいる天国に、先に行って見守ってるからね。お前は後から、ゆっくりおいで。そのときは、どんなことがあったとか、どんな場所に行ったとか、たっぷり教えておくれ」と諭す母。

「天国なんて言うなよ!」「いつまでメソメソ泣いてるんだ! 早く行きなさい!」「一緒にに行こうよ……」「助けに来てくれたって、母ちゃん嬉しかったよ。その言葉だけで充分だ」「母ちゃん……いや俺は任侠の男だ……おふくろ、しばしの別れ、達者に暮らせよ!」 想いを振り切る覚悟をした豚次は母に背を向けて走り出す。その背に向かって母が「立派な男になるんだよ! 母ちゃんは遠くから見守ってるからね!」と声を掛けるが、豚次は振り返らず真っ直ぐ進んでいく……。

和泉が演じる母豚は凛として魅力的であり、溢れる愛情で豚次を励まし、送り出す。その母の想いを胸に旅立つ豚次。和泉の演じる母子の別れは真に迫り、涙を誘う。和泉ならではの、感動の名演だ。「落語の仮面」シリーズを手掛けている和泉も、「豚次」は今のところ第一話だけだが、それ以外のエピソードも和泉が演じることで他の演者とは異なる魅力を醸し出すに違いない。ぜひ手を広げていってほしい。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

※S亭 産経落語ガイドの公式Twitterはこちら※
https://twitter.com/sankeirakugo