広瀬和生の「この落語を観た!」vol.9

7月5日(火)
特別興行「シン・文菊十八番」@上野鈴本演芸場
16時45分開演

7月5日の演目はこちら。

春風亭枝次『花色木綿』
ダーク広和(奇術)
古今亭圓菊『熊の皮』
柳家小ゑん『銀河の恋の物語』
米粒写経(漫才)
古今亭菊志ん『道灌』
柳亭こみち『猿後家』
~仲入り~
ペペ桜井(ギター漫談)
春風亭百栄『手水廻し』
林家正楽(紙切り)
古今亭文菊『淀五郎』

七夕で笹飾りの短冊に願い事を書いた娘と父との会話から、一気に遥か彼方の天の川を渡って彦星に会いに行く織姫の場面へと移る『銀河の恋の物語』。この時期ならではの季節ネタだ。

こみちの『猿後家』は巧みにおかみさんの機嫌を取る女中おきよが大活躍する演出。おきよの軽やかな弁舌がおかみの“喜ぶツボ”を的確に突いて機嫌を取る展開が実に楽しい。おかみさんの描写で炸裂する“顔芸”が笑いを誘う。サゲは「木から落ちた……猫でございます」

『手水廻し』は上方落語で大阪の人間が丹波に宿泊して騒動が起こる噺だが、百栄は江戸の宿に大阪の男が泊まった、という設定。物知りの住職に「“ちょうず”とは長い頭のこと」と教わり、長い頭の男を連れてきて頭を廻させる。上方落語だとその後の展開(宿の人間が大阪に泊まって“ちょうず”をまわしてくれと言ってみる)があるが、百栄が演じた『手水廻し』は「早よぅ廻せ」と言われた長い頭の男が凄い勢いで頭を廻して悶絶、「なんやこの男、手水を廻さんと、目ェまわしよった」でサゲ。

文菊の『淀五郎』は、四段目の丁寧な描写が見事。仲蔵にアドバイスをもらう前の淀五郎の判官の演じ方が実にクサく、無駄に声を張り上げた素っ頓狂な判官で、「なるほどこれは團蔵が呆れるじはずだ」と納得させる。

淀五郎に「どこがまずいのでしょうか」と問われて「“どこがまずい”というのは、良いところがあるから、こっちがまずいということ。お前のは全部まずい」と答えるのは、通常は團蔵の役回りだが、文菊はこの台詞は仲蔵に言わせ、「でも勘違いしちゃいけないよ、芸の筋が悪いってことじゃない。見込みがあるからお前さんに目を掛けてきたつもりだよ」と優しく続ける。褒められようとしている淀五郎の心得違いを「“褒められる”は下手芸だよ」と諭す仲蔵が実に魅力的だ。

「家臣にすまない」という気持ちで演じなくてはいけないと淀五郎に気づかせた仲蔵は、手の置き方など細かい指摘をした後、技術論として「手負いの調子を出すにはヘソを背中に付けるようなつもりで声を出してごらん」とアドバイス。(圓生の“青黛を唇に塗って人相を変える”や“「おお寒い」という気持ちで”等は無し) 翌日の淀五郎の判官切腹が、初日とはガラリと変わっているのがはっきりわかる。それを見た團蔵が「できた! いい判官だ」と大いに感心した後、「野郎、命を懸けたな」と嬉しそうに言うのがなんとも素敵だ。文菊の真に迫った演技と語り口に引き込まれる素晴らしい口演だった。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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