広瀬和生の「この落語を観た!」vol.91

11月8日(火)
「真一文字の会」@国立演芸場

広瀬和生「この落語を観た!」
11月8日(火)の演目はこちら。

春風亭いっ休『やかん』
春風亭一之輔『目黒のさんま』
春風亭一之輔『味噌蔵』
~仲入り~
春風亭一之輔『つるつる』

『目黒のさんま』と言えば先代金原亭馬生が完成させた型が広く流布していて大概の演者がその系統だが、一之輔の『目黒のさんま』は二代目柳家小さん(禽語楼小さん)の型で、雲州松江藩主・松平出羽守(名君と謳われた不昧公・治郷の嫡男、月潭公・斉恒)の逸話という体裁を取っている。目黒に野駆けに行った際、弁当がなく空腹を覚えた松平出羽守が農家から焼きたてのサンマを譲り受け、それがあまりに美味しかったので、江戸城の御詰めの間で諸侯に「サンマは美味な魚」と吹聴、それを聞いた黒田筑前守が屋敷に戻り家来に「サンマを用意せよ」と命じたが、家来は「殿が食あたりしては大変」とサンマを蒸して骨を抜いたものを出したのであまりに不味く、江戸城で出羽守に「騙したな」と談判。筑前守が食したのが本場房州のサンマだと聞いた出羽守が「だからいかん、サンマは目黒に限る」と言うのがサゲ。滅多に出会わない演出だが、人気者の一之輔が演じることで、この珍しい型が廃れずに後世に残りそうな予感。「腹ペコ」「サンマで一膳茶づる」といった下世話な言葉遣いを得意げに用いる出羽守が可愛いのは一之輔ならではの個性だ。

ケチな主人の留守に自由を謳歌して豪勢に飲み食いする奉公人たちが「ラ・マルセイエーズ」を高らかに歌う一之輔の『味噌蔵』。カツ煮の思い出を臨場感たっぷりに熱く語る番頭、食パンの耳を揚げて砂糖まぶしたモノやカステラの紙や納豆のタレ袋の残りやアメリカンドッグの棒のカリカリ等が食べたい可哀想な奉公人たち、かた焼きそばヤングコーン1本入りにこだわるマルセイユ出身の甚助、23歳で豆腐の存在をしらない峰どんの“から屋の悲劇”等々、奉公人たちが希望を語る可笑しさが別格だ。峰どんが田楽を「田楽太郎っておとぎ話で知りました」と言って所望するのは今回のアドリブだろう。とにかく笑った。

「三昼夜」でネタおろしした『つるつる』、早くも再演。柳橋に一八を連れ出そうとする旦那の「お前と飲みたいんだよ! お梅ちゃんより俺の方がお前のこと好きだからな! 惚れてるよ、お前に!」なんて台詞はさすが一之輔。「一杯飲んで一円」に挑む一八に旦那が「無理するなよ」「大丈夫か?」と声を掛ける優しさがあるのも嬉しい。この旦那とは「幇間になる前からの仲ですから」と一八が言うのは一之輔で初めて聞いた。一八が可哀想すぎず、あくまで「ドタバタの挙句に失敗する噺」として楽しく聴けるのは、一之輔の演じる一八が魅力的だからこそ。この一八ならお梅ちゃんに許してもらえそうな気がする。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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