広瀬和生の「この落語を観た!」vol.63

9月22日(木)「真打昇進襲名披露興行」@鈴本演芸場

広瀬和生「この落語を観た!」
9月22日(木)の演目はこちら。

柳家花ごめ『熊の皮』
鏡味仙志郎・仙成(太神楽曲芸)
三遊亭圓歌『龍馬伝』
入船亭扇辰『たらちね』
すず風にゃん子・金魚(漫才)
鈴々舎馬風(漫談:楽屋外伝)
春風亭一蔵『夏どろ』
柳亭市馬『狸賽』
ダーク広和(奇術)
柳家さん喬『そば清』
~仲入り~
真打昇進襲名披露口上
~幕~
立花家橘之助(浮世節)
柳家小燕枝『牛ほめ』
五明楼玉の輔『都々逸親子』
江戸家小猫(ものまね)
入船亭扇橋『御神酒徳利』

落語協会では春風亭一蔵、入船亭小辰改め十代目入船亭扇橋、柳亭市弥改め八代目柳亭小燕枝の3人が9月に真打昇進、下旬の鈴本演芸場を皮切りに寄席の披露興行が始まった。今回は各真打が交代でトリを取るだけでなく、他の2人も毎日高座を務めるという番組。「他の新真打も高座を務める」というのは芸協で見られるやり方で、落語協会では異例だが、今回は当事者である一蔵・扇橋・小燕枝の希望で実現したという。僕が足を運んだ22日は小辰改め十代目扇橋の大初日。前日は一蔵の大初日、翌日は小燕枝の大初日となる。

扇橋というと、どうしても先代のイメージが強い。玉の輔が司会を務めた披露口上では、さん喬、馬風、市馬ら協会幹部が口々に先代扇橋の人となりに触れ、その名跡を継ぐ新しい扇橋への期待を述べた。彼らにとって先代扇橋は同じ五代目小さん一門の兄弟弟子だけに、格別の思いがあるだろう。師匠である扇辰は今回の襲名が「一門の総意」であると述べ、「寄席に来て入船亭扇橋という幟があるのを見ると感慨深いものがある」と語った。

扇橋が大初日の演目に選んだのは『御神酒徳利』。先代扇橋はもともと三代目桂三木助の弟子で、師匠没後に小さん門下に移っているが、三木助の演目を多く継承している。『御神酒徳利』は三木助の十八番で、先代扇橋、さらにその弟子の扇辰も三木助型の『御神酒徳利』を手掛けている。五代目小さんは小田原宿で運よく窮地を脱した八百屋が夜逃げして終わる「占い八百屋」のほうの『御神酒徳利』を演じたが、三木助の『御神酒徳利』は江戸の旅籠の番頭が神奈川宿を経て大坂に到着、神奈川宿での出来事が功を奏して大坂の豪商鴻池の娘の病を治し、莫大な謝礼を手に入れる。昭和天皇の御前口演で「おめでたい噺」として『御神酒徳利』を選んだ六代目三遊亭圓生は「番頭はこの金で旅籠を建てて暮らしが桁違いになった。桁違いなはずで、そろばん占いですから」でサゲたが、三木助は「これも稲荷大明神のおかげだね」「なあに、カカア大明神のおかげだ」でサゲていた。

小さんの弟子ながら柳亭市馬の『御神酒徳利』は三木助型。市馬は最初「占い八百屋」を覚えたものの、性に合わないと思い、改めて先代扇橋に三木助型を教わったのだという。その市馬に、小辰改め十代目扇橋は『御神酒徳利』を教わっている。ただしサゲは番頭の「カカア大明神のおかげ」に女房が「何を言ってるんだよ」と返し、番頭が「それに、やったのがそろばん占い、たまたま上手くいったんだ」と言うもの。「そろばん」と「珠(たま)」をかけたこのサゲは当代扇橋のオリジナル。やっているうちに「この噺は運がテーマ」ということがはっきりしてきて、このサゲを考え付いたのだという。語り口そのものは師匠である扇辰の『御神酒徳利』を想わせる箇所も多々あり、シャープで聴き応えのある一席に仕上がっていた。

2011年に病に倒れ、2015年に亡くなった先代扇橋は、落語ファンにとってまだまだ記憶に新しい。そんな中で名跡を継いだプレッシャーはあるはずだが、大きな期待が掛かっていることを励みに、立派に「新しい扇橋」の世界を確立してくれることだろう。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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