広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.137

5月29日(月)「ナツ亭カモ楽」@西荻ソネマ準備室

広瀬和生「この落語を観た!」
5月29日(月)の演目はこちら。

ナツノカモ『マグリット』
柳亭信楽『ご当地ドラマ』
~仲入り~
ナツノカモ×柳亭信楽(対談)
柳亭信楽『エレベーター』
ナツノカモ『蛍のリレー』
ナツノカモ×柳亭信楽(エンディングトーク)

ナツノカモは落語作家であり劇団員であり立体モノガタリの演者。元は立川春吾という落語家だったが、落語家であることはやめた。でも、着物を着て落語をやることもある。僕は春吾時代の落語は知っているが、劇団や立体モノガタリは観たことがない。今回の柳亭信楽との「ナツ亭カモ楽」という二人会がどういう趣向なのか、僕は当日会場に行くまで完全には把握していなかったが、「ナツノカモが落語をやる」ことを期待していた。春吾時代にも新作を観たことがないわけではなかった(そしてそれはとても面白かった)が、むしろ彼がナツノカモとなって以降、立川吉笑や立川志の春が演じた作品の印象ばかりが強く、いつかナツノカモとしての落語が観たいと思っていた。そんな時、柳亭信楽の出る会をチェックしている中で、この「ナツ亭カモ楽」開催を知り、すぐに予約した。たとえナツノカモが演じるものが立体モノガタリという独り芝居であってもいいし、普通に着物を着て落語をやるのだったらもっと嬉しい。そんな気持ちで足を運んだら、ナツノカモは普通に着物を着て自作の新作落語を二席やった。つまり普通の落語会だったというわけで、これは本当にありがたかった。

しかも一席目にナツノカモが演じたのは『マグリット』。落語家であることをやめて落語のことを考え続ける彼の自伝的小説『着物を脱いだ渡り鳥』の中で、その演目は「落語の約束事を破壊する実験的な作品」といったニュアンスで言及されていた。落語は観客に想像を促す芸能だ。だが『マグリット』は想像させた風景を次々に壊していくのだという。一体どんな噺なのか、これは実際に観なければわからない。僕にとっては“伝説の演目”との言うべき『マグリット』に、いきなり出会えたのだから最高だった。

『マグリット』は、よくある八五郎と隠居の会話として始まりながら、「高座の上で一人の演者が何人もを演じ分ける」という落語の約束事に従って聞いている観客は、突然の“登場人物の増加”に面喰い、次第に「本当はそこに誰が居て何が起こっているのか」わからなくなっていく。落語にありがちな表現は“落語という約束事”の中で成立しているのだという事実を突き付けられた聞き手は、空間が歪んでいくような“違和感”に翻弄され続け、やがて物語は急展開して意外な真相に着地したかのように終わるけれども、それが本当に“真相”なのか、本当のところは疑わしい……そんな落語だ。

信楽が一席目に演じた『ご当地ドラマ』は2021年の「ご当地落語プロジェクト」(温泉地で落語家や落語作家が合宿して現地にちなんだ新作落語を創るという企画)でナツノカモが信楽に“当て書き”した作品。「ラストで犯人を崖に追い詰める」というお馴染みの設定の2時間ドラマの撮影現場で「脚本どおりに撮影が終了したら尺がメチェメチャ足りなかった」ので無理やり「最後のシーンの台詞を伸ばす」ことを俳優たちが強いられるという噺。当時僕は“当て書き”という事実を知らないまま「さすが信楽ならではのバカバカしい噺だ」と大笑いして観ていた。“クドい言い換え”“わかりきった説明”“しつこい繰り返し”“間延びした語り口”で無理やり伸ばしていく俳優たちの「バカバカしい台詞を良い声でもっともらしく熱演する」可笑しさは、全面的に信楽のアドリブと思われる。まさに“信楽という演者の個性”なくしては成立しない噺だ。脚本にない「聖徳太子」「鹿」「温泉」「ゆパッチー(ゆるキャラ)」「木霊」等“ご当地”要素を無理やりブッ込む可笑しさも、信楽が「もっともらしく熱演する」からこそ爆笑を呼ぶ。これを“当て書き”したナツノカモの、信楽を信じる心が眩しい傑作。

『エレベーター』は遅刻しそうなサラリーマンがオフィスビルのエレベーターに駆け込んで“ヤバい奴”と遭遇する噺。落語常識ではあまり用いられない“ある表現方法”が、実は“仕掛け”だと判明した瞬間、“ヤバい奴”という概念が鮮やかに逆転する傑作。4月の「信楽村」で初めて聴いたときも「この発想は凄い!」と書いたが、この“仕掛け”を知った後に再び聴いた今回、更にそのバカバカしいまでの可笑しさが増しているのは、演者としての信楽の力量あってこそ。“発想”と“演技”を兼ね備えた逸材だと改めて感銘を受けた。

『蛍のリレー』は「ご当地落語プロジェクト」で立川志ら門が演じたナツノカモ作品。婚約者を連れて実家を訪れた男が語るトボケた祖父との少年期の思い出に秘められた、意外な真相。『蛍のリレー』という演題に直結するラストが素敵な余韻を残す。全編を覆う抒情的な雰囲気は“演者”ナツノカモならでは。いいものを聴かせてもらった。

“熱量を感じさせない”ナツノカモと“熱量マックスで生きる”信楽という対照的な二人の噛み合わないトークも最高に面白かった。また何度でも開いてほしい二人会だ。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

※S亭 産経落語ガイドの公式Twitterはこちら※
https://twitter.com/sankeirakugo