広瀬和生「この落語を観た!」vol.19

7月16日(土)午後7時開演
「もっと新ニッポンの話芸」@内幸町ホール

広瀬和生「この落語を観た!」
7月16日(夜)の演目はこちら。

立川こしら『佃祭』
鈴々舎馬るこ『藪入り』
~仲入り~
三遊亭萬橘『青菜』

こしら版『佃祭』の主人公は“神田三河町で小間物屋を営む杢兵衛”という設定。杢兵衛に命を助けられた娘との会話、「しまい舟がひっくりかえった」と聞いた人々との杢兵衛の妻とのやり取り、弔問客の挨拶等々、全編こしらならではの“悪ふざけ”テイスト満載でありつつ、きっちりと物語を進めていく。杢兵衛の腕に彫られているのが女房ではない女の名前なので「抉ってください」と言う女房の怖さは、なるほど杢兵衛が「終い舟で帰らないととんでもないことになる」と思うのもわかる。

杢兵衛が帰ってきて「でも死体がここにあるよ?」「返してこい!」「ダメだよ抉っちゃったから」……といったドタバタの挙句、事は収まって1年後……という後日談へ。もう祭りに行くのもやめて夫婦仲も円満な杢兵衛のところに相談に来た近所の若い者が「二人姉妹の姉さんが好きだったんだけど、妹の方が好きになっちゃって、妹と結婚して姉さんとも一緒に住もうと思うんですけど」と言うと「そんなのはやめろ、姉妹(しまい=終い)はひっくり返るもんだ」でサゲ。こしららしい、いかにも「取ってつけたような」感が素敵だ。

馬るこの『藪入り』の根幹には「子供を奉公に出すというのは現代の感覚で言えば子供を売りとばすこと」という見方があり、藪入りで息子が帰ってくるのを待っている熊も、借金で首が回らなかったから息子を奉公に出したという設定。熊もかつて奉公に出されていたが、ワルの本性を見抜いた番頭の手下となって番頭の悪事に加担していた……という『双蝶々』の長吉みたいな過去を持つ人物。近所の人たちが話す「呉服屋に奉公していた熊が番頭が反物を横流しするのを手伝った」というエピソードの、悪だくみのカラクリのリアリティが馬るこの真骨頂だ。

帰ってきた息子を湯屋にやり、その間に女房が息子の財布の15円を見て「ネズミをたくさん捕まえてコツコツ貯めたお金かねえ、それともお内儀さんの覚えが目出度くてこっそりもらったお小遣い?」と言うと、「そんな真面目なガキは俺の子じゃねえ、勘当だ!」と言い出す。「手下を使って店の金を巻き上げて遊ぼうなんてのも俺の子じゃねえ。悪党に使われる小悪党が俺の子なんだ」

湯屋から帰ってきた息子に問いただすと、「年下の小僧が捕まえたネズミを取り上げて、自分の手柄として交番に届けたら懸賞に当たったんだ」と告白。「これ、どっちだ!? 真面目? 小悪党?」と悩む熊。だが熊は怪しい風呂敷包みを発見、開いてみると上等な反物が。「これは何だ!」「お店からチョロまかしてきました。15円で吉原へ行こうと思って」 それを聞いた熊、大喜びで「聞いたか? やっぱり俺の子だ」でサゲ。『藪入り』の常識を覆す、悪い父子の皮肉な噺。こんな『藪入り』を作れるのは馬るこだけだろう。

萬橘の『青菜』はお屋敷での会話が従来の演者の“お約束”とはかけ離れているのが、いかにも萬橘らしい。植木屋が自分で湯呑みに柳陰をどんどん注いで無言でひたすら飲み続けた後、おもむろに「あっしはあんまり好きじゃない」と言ったのには笑った。「鯉にアライがあるんですか? じゃあヨシダもタナカもあるの?」「アライというのは苗字ではありませんので」もバカバカしくて最高だ。

長屋に帰ってからの会話も独特。「その名を樋屋奇応丸ってんだぞ、わかるか?」「夜泣きのまじないだろ」「バカ、義経の別名だよ」「それを言うなら九郎判官だろ。樋屋奇応丸じゃ“食らう”のシャレにならない」「知ってるのかオマエ!?」って、ここで“樋屋奇応丸”が出てくるのが凄い。毎日イワシなのは植木屋が女房の両親の前で“他に誉めるところがないから”「イワシを焼くのが上手」と誉めたからだ、というのは他に類のない演出。ラスト、女房が「九郎判官」の後、続けて「義経」まで言ってしまったのを聞いた植木屋が「えっ、義経? じゃあ、静(しずか)にしろ」でサゲ。立川談志もそのサゲを思いついているが、それとは関係なく萬橘が独自に考案したもの。全編オリジナルな台詞回しで構成されていて、それがいちいち可笑しい。新鮮に笑える逸品だ。

アフタートークで落語会としての「もっと新ニッポンの話芸」から萬橘が卒業することを発表したが、「新ニッポンの話芸ポッドキャスト」の出演は続行。落語会のほうは当面「新ニッポンの話芸スピンオフ」として開催していくことになっている。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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