広瀬和生の「この落語を観た!」vol.89

11月3日(木・祝)
昼「立川吉笑の真打計画02“吉笑と浜野矩随”」@北沢タウンホール
夜「立川流が好きっ!! 2022」@北沢タウンホール


広瀬和生「この落語を観た!」
11月3日(木・祝)の演目はこちら。

昼「立川吉笑の真打計画02“吉笑と浜野矩随”」
立川吉笑『伊賀一景』
立川吉笑『ぷるぷる』
立川吉笑『妲己のお百』
~仲入り~
立川吉笑『浜野矩随』

夜「立川流が好きっ!! 2022」
立川笑王丸『子ほめ』
立川吉笑『ぞおん』
立川かしめ『八五郎修正』
立川こはる『蒟蒻問答』
~仲入り~
立川寸志『将軍の賽』
立川談吉『小さな幸せ』
立川こしら『千早ふる』

かつてはレギュラーで通っていた懐かしの北沢タウンホールで、昼は吉笑独演会、夜は立川流マゴデシ寄席スペシャルというダブルヘッダー。いよいよ真打昇進へ向けて動き出した吉笑の「真打計画」第2回は『浜野矩随』をネタ出し、談志が手掛けた講釈ネタ『妲己のお百』にも挑戦した。

NHK新人落語大賞の本選が10月31日に行なわれ、吉笑は満点で大賞を受賞したが、テレビでその模様を放映する1月23日まで絶対に結果を明かしてはいけないということで、この日の一席目のマクラでは「勝っていても負けていても大丈夫な言い方」でNHK新人落語大賞の内幕を語り、「一番新しいネタ」だという『伊賀一景』へ。二人の会話で進行していく、その“会話のトーン”自体が壮大な仕掛けになっているメタ落語。

そのまま大賞受賞作品『ぷるぷる』へ。吉笑自身「代表作ができた」という手ごたえを感じている自信作。“松ヤニでくっついた唇でプルプル喋る”という状況が出オチにならず可笑しさが加速しておくのが素晴らしく、“松ヤニ”による新たな展開から見事なサゲへと結びつく構成も完璧。このネタの根本的なアイディアを活かす「プルプル喋るのが何となく聞き取れるようになっていく」状況の可笑しさに確信を持ち、その“微妙に聞き取れる”バカバカしい喋り方を身に着けた“演者としての技量”も見事だ。

悪女の身勝手な理由で善良な母娘が酷い目に遭う『妲己のお百』は“殺しの場面”がクライマックスになる噺。「残酷な噺は嫌い」という談志がこれを手掛けたのは「怪談噺もやってみたいと思ったから」で、「七代目貞山が得意にしていた怪談噺はあまり好きではなかったが、これは比較的気に入っていた演目」だったという。講釈好きな談志が“懐かしさ”ゆえに演じたこの演目を吉笑が取り上げたのは意外だったが、これが実に聴き応えがあった。吉笑が備えているまろやかな語り口がこの救いのない噺の“イヤな感じ”をやわらげているのは、現代の観客が抵抗なく聴けるという点でプラスに作用している。ギミックに満ちた新作に才を発揮するだけではなく、“本格的な話芸”で聴かせることもできる、というのが吉笑の言う“カッコいい真打”の条件のひとつなのかもしれない。

吉笑が演じた『浜野矩随』は師匠である談笑が独創的な発想で作り変えた型を基盤にしている。名人の浜野矩安は大勢の弟子を抱えて工房を構えていたという設定。一人息子の矩随の作品を一分で買い続けてきた若狭屋は、実は「奇を衒っているだけだ」と矩随を認めておらず、ある日「当たり前の物を作ってくれないと売れないんだ」と説教する。「もう腰元彫りはやめろ」と言われて落ち込む矩随だったが、病床にある母は矩随の才能を信じており、「もう私は長くない。向こうに迷わず行けるように、おとっつぁんにまた会った時に『矩随はこんな立派なものを彫れるようになりました』と見せられるように、私のために観音様を彫っておくれ」と頼む。飲まず食わずで彫り続ける矩随に母が「昔のお前の夢を見た」と語った幼い頃の矩随のエピソードは、彼が稀有な才能の持ち主であることを物語っていた……。

吉笑は、談笑の型に自身の解釈による演出も加え、感動の結末まで見事に語りきった。改めて談笑の『浜野矩随』の構成の見事さを思い知らせつつ、あくまでも“自分の噺”として仕上げてきた吉笑の力量に感服。“真打計画”に相応しい見事なネタおろしだ。

夜公演の開口一番は談笑一門の前座、笑王丸。彼の『子ほめ』は工夫があって面白い。意表を突く台詞に思わず笑ってしまう場面が度々あった。明るく素直な口調も好ましく、落語を語り慣れている感じで安心して聴ける。将来が楽しみだ。

昼公演でのチャレンジを終えた吉笑はリラックスしたムードで安定の『ぞおん』。昼で『伊賀一景』『ぷるぷる』を聴いた後で『ぞおん』を聴くと、“登場人物の口調がヘン”という切り口が好きな演者だなあ…と、改めて吉笑の独自性に感心。

かしめの『八五郎修正』は、笑王丸が既に『子ほめ』をやっているのに八五郎が訪ねてきたことに「今日、ワシはもう終わりじゃないの?」と隠居が驚くところから始まり、つるの由来や道灌公の絵、千早ふる、ただの酒、やかん、雪折れ笹、十徳など次々に興味の対象を移す八五郎に業を煮やした隠居が「お前は何かひとつのことで失敗して恥をかけばいいんだよ!」と言い放ち、キレた八五郎が棟梁でもないのに啖呵を切ったり妹がお世取りを産んだと言い始めたりする、こしらの弟子らしい掟破りのメタ落語な“悪ふざけ”の一席。“八五郎方向転換”や“新・八五郎出世”といった言葉まで持ち出し、「こはる姉さんの前で野暮なことやったら怒られますしね」と言い始める等、こしらが志らくに言われた「落語マニアのオモチャになる」という言葉を羨んであれこれハメを外す八五郎を隠居が必死に“修正”するので『八五郎修正』。まさに落語マニア向けの爆笑編。

マクラも振らず入ったこはるの『蒟蒻問答』は談春譲りの型をより伝法な江戸っ子口調で演じるキレのいい一席。“こはるの語り口”というものが確立され、“高くソフトな声質ながらいざとなればドスが効く”談春とは異なる“達者な噺家”としての道を歩んでいる。

『将軍の賽』は幕末に来襲した黒船を威嚇するため水戸公が「寺から鐘を没収して海辺に並べて大砲に見せかける」と発案、国書を受け取り無事に黒船は帰ったが、鐘はそのままで寺に返されなかった……という史実に基づく落語。普段の寄席で聴くことはまずない珍しい演目で、寸志は独自の演出を豊富に盛り込み軽やかに演じて楽しませた。様々な演目に取り組み持ちネタを広げている寸志の真摯な態度は今の落語界において実に貴重だ。

馴染みの美容室で“丸ごとバナナ”の写真を見せて髪をセットしてきたカネコさんという主婦が狼煙を焚くのが好きなフジタさんという主婦と話した後に町内の福引で菜の花をもらって帰る『小さな幸せ』。独特な世界観を持つ談吉ならではの不思議な味わいの作品で、ある意味瀧川鯉八に通じるものがある。

こしらの『千早ふる』は、普通の古典落語で語られる業平の歌のわけで終わらず、むしろそれは仕込み。1ヵ月後、「竜田川が相撲取りっていう他は忘れた」と八五郎また訊きに来る。すると隠居は「千葉家(ちはや)古歌(ふるか)」という前途有望な噺家に妙な噂が流れ、竜田川に説教された古歌が師匠の千葉家歌楽(からく)に相談して立ち直り、立派な噺家になったという作り話をし、後日また八五郎が来ると、今度は「あたり一面は血の海。被害者が横たわっている。そこに立っていた、返り血を浴びた大男は溜息をつき、外へ出て行った」とミステリーな話をする……という展開。「とわ」はやっぱり古歌の本名。また八五郎が聞きに来ると「真っ赤に染まった部屋に息絶えた男。一人の男が目にしたのは、壁に血で書かれた“ちは”という二文字。それを手掛かりに様々な角度から調べ始めた」 この被害者、懐に紙を持っていたが、血で真っ赤に染まって読めない。「私はこの男を知っている」と言い出したのは歌楽師匠……。何度も何度も八五郎が来るたびに物語は進展していき、最終的には竜田川と古歌(とわ)の純愛ドラマとして大団円。「二人の愛はどうなる?」「永遠(とわ)のものに!」でサゲ。「こしらの集い」のネタおろしでは更に「本当の物語を皆さんに伝えなくてはいけない。あの『千早ふる』で突き飛ばされた女乞食は神代なんです。千早は竜田川の隣に寄り添っていました」と地の語りで続けたが、それは割愛され、よりスッキリとまとまった。バカバカしくも壮大な、こしらならではの大ネタ爆笑編『千早ふる』。今年の大きな収穫だった。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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