広瀬和生の「この落語を観た!」vol.7

7月3日(日)
特別興行「シン・文菊十八番」@上野鈴本演芸場
16時45分開演


7月3日の演目はこちら。

柳亭市助『子ほめ』
ダーク広和(奇術)
古今亭圓菊『シンデレラ伝説』
林家正蔵『四段目』
風藤松原(漫才)
古今亭菊志ん『野ざらし』
柳亭こみち『ほっとけない娘』
~仲入り~
ペペ桜井(ギター漫談)
春風亭百栄『桃太郎後日談』
林家正楽(紙切り)
古今亭文菊『お直し』

圓菊は父親がデタラメなシンデレラ物語を息子に話して「違うよ」と反論される三遊亭白鳥作品『シンデレラ伝説』。ただし、原作のサゲまで行かず「すべての昔話は桃太郎に通じる」でサゲるやり方。

菊志んの『野ざらし』は八五郎が顎を釣っちゃって針を取ってから妄想寸劇に入り、「ツネツネ、コチョコチョ」で暴れて川に落ちる。この流れは志ん朝と同じだが、「川に落っこっちゃったよ……野ざらしでございます」と終えていたのと異なり、川から上がってきた八五郎に釣り人が「そんなことやってたってお魚は釣れませんよ」と言うと八五郎「いいんだよ、コツはわかってるんだよ」でサゲ。

こみちは仏像好きが高じて一向に彼氏を作ろうとしない30過ぎの娘を案じた父が「大仏そっくりな男」を紹介する柳家小ゑん作品『ほっとけない娘』。こみちは仏像好きの娘の演じ方がハジケていて実に面白い! 随所に工夫もあり、“こみちの噺”として完成されている。新鮮に楽しませてもらった。

百栄は鬼退治の後に桃太郎の家に居座った性格の悪い犬・猿・雉が傍若無人な振る舞いをする『桃太郎後日談』。桃太郎絡みの『シンデレラ伝説』が出たから“あえて”これだったのだろう。いつ聴いても雉の「ケーン!」が可笑しい。

文菊はネタ出しの『お直し』。売れなくなった花魁が若い衆といい仲になり旦那の粋な計らいで夫婦にさせてもらったものの、亭主は遊びにうつつをぬかし博奕に手を出して、二人とも職を失い無一文に……。登場人物の真に迫った演技と地の語りを巧みに交えて聴き手を引き込んで後半へ。蹴転に店を持つしかないと、女房は再び女郎になる決心を。そこに至るまでの夫婦の会話も聴き応え満点だ。
蹴転での初日。客の前に出るために化粧をし、紅を引く女房の様子を丁寧に描いたのが印象的。女房に「どう?」と言われ、ハッとして惚れ直す亭主、という一幕も文菊独自のものだ。“女郎に戻った女房”の色っぽさは特筆モノ。酔った左官の職人に甘える女房を見て嫉妬の炎を燃やすのも無理はない……そう思わせる秀逸な演出だ。

ちなみに、文菊の演出では、亭主が苛立ちながら「お直しだよ!」と亭言うたびに客は追加料金を払う。志ん朝の「帰っていく客から銭をもらわずにフテ腐れている亭主に『何してるんだよ!』と女房が怒る」流れに慣れているので、「お直しのたびに払う」というのが新鮮に映った。

「明後日、三十両持って身請けに来る」と言い残して客が帰ると、「面白くねえな!」と亭主が怒りだす。ここからの夫婦の描き方が実にドラマティック。声の強弱のメリハリを効かせた、真に迫ったやり取りだ。亭主の放った「よしやがれ!」の一言に「あんまりだよ」と泣き出す女房。「お前さんといつまでも一緒にいたいから……」と言う女房を見て、ハッと目が覚める亭主。「俺は、お前に惚れてるんだよ……だからつい……すまねえ、許してくれ。覚えてるか、二人で食った鍋焼き」「忘れるもんか」「俺達は二人でひとつだ……」 文菊の描くこの場面は非常に演劇的で、志ん朝よりむしろ小三治の残した『お直し』音源を思い出させるものがある。睦み合う夫婦の様子を覗き見たさっきの客が「直してもらいなよ」と言うまでの引っ張り方は他の演者にはない文菊特有の“間”だ。

期待どおり、いや、期待以上に素晴らしい“文菊の『お直し』”を堪能させてもらった。真打昇進から今年の秋で丸10年。円熟期へ向かって大きく花を咲かせようとしていることを実感した。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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