広瀬和生の「この落語を観た!」vol.54

9月2日(金)
「人形町噺し問屋“三遊亭兼好独演会”」@日本橋社会教育会館

広瀬和生「この落語を観た!」
9月2日(金)の演目はこちら。

三遊亭兼好(ごあいさつ)
三遊亭けろよん『狸札』
三遊亭兼好『短命』
~仲入り~
宮田陽・昇(漫才)
三遊亭兼好『出世浄瑠璃』

兼好の『短命』は五代目圓楽の型がベース。伊勢屋のお嬢さんの2人目の“丈夫一式”の婿は圓楽の“ブリのアラ”ではなく“ウシガエル”。お嬢さんの“ご飯の手渡し”を「腰の蝶番を外して、平仮名の“ふ”の字になって、ちょっと揺れる」と八五郎が表現するのが独特で、家で女房にそれをさせようとすると女房が「また安い遊びを…“ふ”の字で揺れる? なにこれ、面白い」と乗り気になるのが楽しい。八五郎の明るいキャラと女房のノリの良さでカラッと笑わせる、兼好らしい『短命』だ。

『出世浄瑠璃』は講談を落語化したもの。信州松本城主の松平丹波守が碓氷峠を通りかかると、口三味線で義太夫を語る二人組の侍に遭遇。丹波守主従を襲った猪を退治してくれた。この二人は信州上田城主、松平伊賀守家中の中村大介と尾上久蔵。久蔵のドモリを義太夫で矯正しているところだと大介がわけを話し、普通に話すと言葉が出にくい久蔵も、義太夫の調子で語るとスラスラ言葉が出る。ただ、伊賀守は武芸一辺倒で歌舞音曲を固く禁じているので、このことは内密にと丹波守に口止めをした。

ところが数年後、伊賀守の宴席に招かれた丹波守が「碓氷峠で猪に襲われたところ、義太夫の稽古をしていたご家中のお二人に助けていただき…」とうっかり口を滑らせてしまった。伊賀守は二人を呼び出したが、大介が不在で久蔵だけが殿の前に。久蔵を庇うべく、丹波守は「ドモリ矯正のための義太夫」という事情を明かし、自ら口三味線役を引き受けて、久蔵に猪退治の顛末を義太夫の節回しで語らせた。それを聞いた伊賀守は「実は、わしも少々ドモリで…」と明かし、「義太夫もなかなか面白い」と言って久蔵に義太夫の指南役を命じた。伊賀守はすっかり義太夫にハマり、もともと武芸に秀でる久蔵は殿様のお気に入りとなって出世した……というのが兼好の『出世浄瑠璃』だ。

実は兼好の『出世浄瑠璃』は講談の『出世浄瑠璃』とは少し異なる。猪退治が本当にあったことで、それを話して口を滑らせる、という設定もそうだが、一番大きな違いは、久蔵がドモリを矯正すべく義太夫の真似事をしていた、という点。これは完全に兼好の創作だ。もちろん伊賀守のドモリの件も兼好の創作。これによって、元の講談より格段に“いい話”になっている。こうしたセンスが兼好の素晴らしいところで、義太夫の節回しの見事さも華を添えている。浪曲から落語にした『陸奥間違い』も兼好が独自に“落語らしく”した傑作だが、この『出世浄瑠璃』も兼好ならではの逸品だ。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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