広瀬和生の「この落語を観た!」vol.87

11月1日(火)
「高円寺演芸まつり~秋の陣~“高円寺特選演芸会”公演C」@座・高円寺2


広瀬和生「この落語を観た!」
11月1日(火)の演目はこちら。

柳亭左ん坊『やかん』
桂二葉『牛ほめ』
立川こはる『粗忽長屋』
~仲入り~
玉川太福『男はつらいよ第23作「翔んでる寅次郎」』
三遊亭兼好『質屋庫』

上方の『牛ほめ』は普請をしたのが「池田のおじさん」と場所が特定されていて、東京での“前座噺の『牛ほめ』”とはだいぶ趣が異なる。二葉は元気のいいアホを楽しく演じ、実に聴き応えがあった。二葉は“甲高い声”の印象が強いが、年嵩の男性を演じる時にはちゃんと低く落ち着いた語り口にしていて、その落差の大きさゆえに“オッサンがちゃんとオッサンに聞こえる”という技量を備えている。二葉の落語が“女性演者”ということをまったく感じさせない“純粋に面白い落語”であるのは、そういうテクニックの裏付けがあってこそ。女性演者は“声の落差”の使い方が重要だ、という見本だ。それにしても二葉の演じる“アホ”は本当に面白い。今、アホを面白く演じることにかけては右に出る者はいないと言ってしまっていいだろう。ちなみに東京の『牛ほめ』では牛の尻の穴を見た与太郎が「穴が隠れて屁の用心になります」と言ってサゲるが、上方の『牛ほめ』では「この穴にも秋葉はんの札貼っときなはれ」でスッと落とす。こういう違いも興味深い。

一方こはるは“女性”ということを意識させない東京の代表格だが、こはるの場合は地声が低く、着物も声域も語り口も何もかも「普通に江戸落語をやっている」のであって、ドスの利いた声が出せるのが武器の“男前”な演者。“威勢のいい江戸っ子”が似合うということにかけては立川流の若手の中でもダントツ。『粗忽長屋』は激しい口調でまくしたてる八五郎の“押しの強さ”で周囲を圧倒する威勢のいい演出。これができるのがこはるの強みだ。来年5月に満を持しての真打昇進で“小春志(こしゅんじ)”と改名するとのこと。新真打としてロケットスタートを切って、東京の若手を牽引する存在になってほしい。

玉川太福はライフワークとして映画『男はつらいよ』シリーズの浪曲化に挑んでおり、今回披露したのは一番最近に浪曲化したシリーズ第23作『翔んでる寅次郎』(ゲスト:桃井かおり、布施明)。映画の魅力を見事に浪曲化していて大いに楽しませてもらった。

兼好の『質屋庫』は、化け物が出るという噂の三番蔵に泊まってみてくれと主人に言われた番頭が、この質屋に奉公し始めた頃の思い出を語りながら「お暇を頂戴します」と言い出して大いに怯える様子から「長屋を訪れた呉服屋がおかみさんに反物を見せる」エピソードへと自然に移行していく展開が絶妙で、呉服屋と長屋のおかみさんのやり取りから亭主に嘘をついて購入した帯を質屋に預けたまま病の床に就いたおかみさんがあの帯に気を残して亡くなっていくまでの“番頭の妄想”があまりにリアルで思いっきり引き込まれる。定吉が熊を呼びに行く場面の楽しさも兼好ならでは。番頭の妄想話をうろ覚えで語る定吉に困惑する熊が実に可笑しい。熊と共に蔵に入った番頭の尋常じゃない怯えっぷりも最高。兼好の“落語の巧さ”が遺憾なく発揮された逸品だ。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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