広瀬和生の「この落語を観た!」vol.84

10月29日(土)
「落語一之輔三昼夜ファイナル」其の二(昼公演)&第二夜(夜公演)
@よみうり大手町ホール

広瀬和生「この落語を観た!」
10月29日(土)の演目はこちら。

春風亭一之輔~三昼夜ファイナル~其の二

【其の二】春風亭一之輔落語会「圓太郎・一之輔二人会」
橘家圓太郎×春風亭一之輔(トーク)
春風亭貫いち『手紙無筆』
橘家圓太郎『化物使い』
春風亭一之輔『抜け雀』
~仲入り~
春風亭一之輔『くしゃみ講釈』
橘家圓太郎『厩火事』

春風亭一之輔~三昼夜ファイナル~第二夜


【第二夜】春風亭一之輔独演会
林家けい木『磯の鮑』
春風亭一之輔『魔女の宅急便』
春風亭一之輔『かんしゃく』
~仲入り~
春風亭一之輔『らくだ』

昼公演は一之輔にとって五代目柳朝一門の大先輩に当たる橘家圓太郎との二人会。トークは圓太郎の師匠小朝との関係を含め様々なエピソードを引き出した一之輔の“聞き上手”ぶりが際立つ充実の内容だった。

圓太郎の『化物使い』は杢助が「化け物が出る家に引っ越すって本当のことかね」と切り出し、暇をもらう場面から。引っ越した当日の夜、現われた一つ目小僧に対する隠居が小言を連発する様子は他の演者とは一線を画する可笑しさ。隠居が休む間もなく速射砲のように連発し続ける細かい指示と小言の数々はいちいち道理には叶っているけれども、とにかく厳しい。その“厳しさ”に愛嬌があって笑いを生むのが圓太郎の素晴らしいところ。一つ目が小言の連発に耐えかねて正体を現わしてサゲへ。大入道やのっぺらぼうが出てくるまでもなく一つ目のくだりだけでお腹いっぱいになる隠居の“化物使いの荒さ”はあまりに見事。従来の『化物使い』の演出に囚われず、演者圓太郎の個性が存分に発揮された逸品だ。

一之輔の『抜け雀』は一文無しの絵師が夫婦の雀を描いて去るオリジナル演出。宿屋の主人の「自分を尻に敷く女房への溺愛っぷり」の可笑しさは一之輔ならでは。老絵師が雀の絵に描き加えるのは松に雀の巣をあしらったもので、十日後に夫婦の雀に卵が産まれる。三ヵ月後、無一文のまま若い絵師が戻ってきて絵を見て「やはり父上には敵わん」と反省するという展開。「名人の子に生まれ、父に反目し修業を怠り勘当され、修業の旅に出て五年経つ」と宿屋の主人に打ち明け「まだ旅を続けよう」と言うと、主人は「竹じゃなくて松を描いたのは“お前を待つ”っていう謎じゃないですか」と指摘。「やっぱりお帰りなさい。ほら絵をごらんください、卵が割れて子が孵り(帰り)ました」でサゲ。

圓太郎の『厩火事』は、仲人の旦那に「新吉が昼から刺身で飲んでたのが気に入らない」と言われた途端に凄い剣幕で「あの人が家に居てくれるから私が安心して仕事が出来るんですよ!」と食って掛かってまくしたてるお崎の独得な台詞廻しが秀逸。ここでの“亭主を全力で擁護するお崎”の可笑しさは圓太郎ならでは。唐土の逸話を聞かせる旦那とお崎とのやり取りには独特のトボケた可笑しさが漂う。小朝も得意にした噺だけに語り口の端々に“小朝の名残”は感じるものの、そこから脱却して圓太郎独自の個性を確立しており、聴き応え充分。家に帰ってからのお崎と新吉の“喧嘩しながら仲がいい”微笑ましさが心地好い。

夜の一之輔独演会でのネタおろしは『かんしゃく』。昼で二人会をやった圓太郎の得意ネタでもある。『魔女の宅急便』というのは『かんしゃく』のマクラで学校寄席の話から“ジプリのアニメ”の話へと発展してオチがつき、一旦引っ込んだので“漫談一席”扱いになったもの。

一之輔の『かんしゃく』は実家に戻った娘を「あの旦那はガミガミ小言ばかりで静子が可哀想ですよ」と庇う母に「余計なことを言うんじゃない」と叱った父が、娘に「煙くとも やがて寝やすき 蚊遣りかな」という言葉と共に「人を使うのは使われることなんだ」とたしなめる場面が実にいい。「みんな自分でやろうとしないで奉公人にまかせなさい」と策を授け、人を付けて娘を帰すときの「しっかりやりなさい。今度は旦那さんとおいで。身体に気を付けて。一番大事なのは自分の身体だよ」と送り出す言葉に、心から娘を慈しむ気持ちが滲み出ている。娘を送り出した後、この父が「おい、お婆さん、ここへ来なさい。私だってわかっているよ、静子は大変だ。でもあんなこと言っちゃだめだよ。どこまでできるかわからないけど、私達が見守ってやろうじゃないか」としみじみ言う場面を入れているのは小三治の人情噺的な演出に通じるものがあって、実にいい。そもそも「怒鳴り続ける」のは一之輔の得意とするところであり、ワンマン亭主のガミガミ言う様子に独特な愛嬌があるのは従来の一之輔の芸風。万事うまくやっている家の様子に満足した亭主が、あのサゲに至る直前に「静子! よく帰ってきた!」とワンクッション入れるのは見事な工夫で、これがあるので、そこから続く「だがな、これでは怒鳴ることができーん!」も素直に笑える。

一之輔の『らくだ』には悲惨さがなくドタバタ滑稽噺のトーンを最後まで失わないのが素晴らしい。「思いつくと何でも言っちゃう」屑屋のキャラの“軽さ”が魅力で、丁の目の半次の強烈なドスの利かせ方にも可笑しさが漂う。酔った屑屋が半次と立場逆転するところも含め、この二人のやり取りの可笑しさで引っ張る噺になっている。屑屋が酔っていき、ニコニコしていたかと急に怒り出して酒乱の本性を発揮する様子は毎回やる度に違っていて実にリアル。半次に命じて魚屋から持ってこさせたマグロのブツを豪快に食べ、らくだを坊主にする場面で「額に“バカ”って彫っていい?」と言う屑屋が最高だ。さらに二人で三升飲んでベロベロになり、大騒ぎしながら落合に行くと隠亡もベロベロ、という展開も素敵。「誰焼くの? なんで? なんで? 死んだっけ? 覚えてない」と言いながら運ばれる願人坊主が妙に可愛いのも一之輔らしい。一時間の長講をまったく飽きさせない名演だ。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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