広瀬和生の「この落語を観た!」vol.35

8月6日(土)夜
「林家つる子独演会」@日本橋社会教育会館

広瀬和生「この落語を観た!」
8月6日 夜の演目はこちら。

林家つる子『子別れ』
林家つる子『子別れーおかみさんー』
~仲入り~
林家つる子『子別れーおしまー』

『子別れ』三部作ネタ出しの会。といっても「上・中・下」の通しではなく、下の『子は鎹』を三つの視点から描いたもの。これまでにも“おかみさん目線の『子別れ』”をやっていたつる子が、今回は“遊女目線の『子別れ』”をネタおろし。遊女とは、大工の熊が女房お徳と息子の亀吉を追い出した後、吉原から身請けしたもののある日出ていったという、あの女のこと。これまで地の語りで軽く演者が触れるだけだったこの遊女を主役に、つる子は新たな物語を創作した。

一席目の『子別れ』は、弔いから四日経って熊が吉原から帰ってくる場面から。ここで熊は「品川で贔屓にしてた“おしま”がいたから『どうしたんだ』って訊いたら『お前さんに会うために住み替えして来たんだ』って言われて」と話す。この「お前さんに会うために住み替えして来た」というのは女郎の嘘ではなくて本当だった、というのがつる子の解釈だ。

おしまとの仲をノロケる熊に腹を立てるお徳。『子別れ(中)』にあるように隣人が仲裁に入るが埒が明かない…というくだりを手短に語り、離縁状を書かせて母子が出ていくと吉原からおしまを身請けするが、おしまは家事ができず、そのうち「湯へ行く」と出てったきり戻らず、熊は心を入れ替えて酒をやめ、真面目に働いて三年後……というところまで地で語って、番頭が熊を木場へと連れ出す場面へ。熊は亀吉に再会する。

「吉原の女はいない、酒をやめて働いてる」と言う父から五十銭もらう亀吉。その額の傷を見た熊がわけを聞くと「新撰組ごっこをして小林さんの坊ちゃんにやられた」と話す。明日鰻を食べようと約束し、ここで会ったことはお徳には内緒だと約束して熊は去っていく亀の後ろ姿を見送った……。ここで一旦つる子は高座を降りる。

二席目はおかみさん目線の『子別れ』。亀吉とお徳の二人暮らしの日常を語るパートから。今どんな遊びをしてるのかお徳に訊かれた亀は遊廓ごっこがあちこちで流行ってると答え、「遊廓ごっこだけはダメ!」と怒る母に「おとっつぁんのこと気にしてるのか? 今、吉原の女と一緒にいるんだろ? でもおっかさんのほうがいい女だよ!」と気遣う。「おとっつぁんは悪い人なんだろ」と言う亀に「そんなこと言っちゃいけない。正直でいい人なんだよ。お酒が悪いんだ。お前とよく大工ごっこして遊んでくれたじゃないか。この玄翁だって、出てくるときお前が握りしめてきたんだ」と言う。

場面は変わっておかみさん連中の井戸端会議。お徳は「追い出されたんじゃなくて、私が自分から出てきたの」と事情を話し、熊との馴れ初めを話し、あるとき紅を買ってきてくれて「お前はいい女だ」と言ってくれた…とノロケる。新たな暮らしの中で、苦しくとも周囲に励まされながら健気に生きているお徳の姿が描かれる場面だ。

そんなとき、近所の子供が帰ってきて亀吉は知らないおじさんについて行った、と告げる。長屋のおかみさん連中が「みんなで探してあげる」と言っていると、亀吉が帰宅。そこからは通常の『子別れ』の「玄翁でぶつよ」「おとっつぁんからもらったんだ」の件へ。(ここでお徳は「私がぶつんじゃない、おとっつぁんがぶつんだ」と本当に軽くぶち、真相を聞いて「痛かっただろう、ごめんね」と謝った)

翌日、鰻屋に亀吉を送り出したお徳は、熊にもらったきり使っていなかった紅を引いて家を出るが、そのまま外で行ったり来たり。それを見かけた魚屋のお婆ちゃんにわけを聞かれ、事情を話して逡巡する心の内を吐露。それを聞いた魚屋のお婆ちゃんは「亀ちゃんのために行ってあげたほうがいいんじゃない? お徳ちゃんだって、なんで今まで独りでいたの? 言いたいこと言ってすっきりしなさい。あとは成り行きよ」と励ます。この魚屋夫婦も過去には色々あったという。

鰻屋の二階で、「またみんなで一緒にご飯食べようよ」と泣く亀吉。熊の様子を見て「お前さん、変わったんだね。見ただけでわかるよ」と言うお徳。三人でやり直そうと決めた彼らを見て「よかったねえ」と魚屋の婆ちゃんがもらい泣き。気になって番頭さんと共に鰻屋に来ていたのだった。このお婆ちゃんが「やっぱり子供は夫婦の鎹だね」と言うと亀が「それであたいのこと玄翁でぶったんだ」でサゲ。

仲入り後は遊女おしまが主役の噺。品川の女郎おしまは大工の熊といい仲になったが、やがて熊がまったく来なくなった。熊が吉原に通っていると聞いたおしまは、惚れぬいた熊に会いたい一心で、吉原に住み替えることを夢見て勤めに励む。品川から吉原に住み替えた喜瀬川花魁の口添えもあって、吉原に住み替えることができたおしま。高級遊女の花魁になって花魁道中をやることに憧れつつ、大工の熊に会いたいと願う日々。

そんなある日、弔いの帰りに吉原に来た熊と再会。四日も居続けした熊が帰ったと思ったら翌日また来て「俺のところに来ないか」と言ってきた。もとより惚れぬいた熊に会いたくて吉原に来たおしま、「夢じゃないんだろうね」と嬉し涙を流す。「私、これまで何も信じたことがなかった……でも神様っているんだね。私、お前さんに会いたい一心で品川で死ぬ気で頑張って、吉原に住み替えた。頑張るの、辛かったよ。でも、頑張ってよかった……」

「惚れた熊さんに身請けされるんです」と喜瀬川に報告すると、喜瀬川花魁は「もったいないねえ……しまちゃんは花魁になれると思ってた」と言う。「私が花魁になれるわけないじゃないですか」「そんなことないよ、しまちゃんは根性あるから。でも……幸せになりなよ」 見世の女将も「よかったね、しまちゃん。熊さん、この子を幸せにしてよ」と言って、おしまを優しく送り出す。

ところが、嘘と虚飾に満ちた遊廓で生きてきたおしまが長屋に行って出会った現実は厳しかった。女房らしいことは何ひとつできないおしまと、何でもできた先妻とを比べて愚痴る熊。「近所のおかみさんに教わればいいじゃないか」と熊は言うが、「吉原の女だから品がない」と陰口をたたいている長屋のかみさん連中には聞きたくないと言う。「私のことをだらしない女だ、着物の着かたもなってない、前のお徳さんはよくできたおかみさんだったのにって……渡しのことを何も知りもしないのに」と泣くおしま。

「袢纏が破れてるから縫ってくれ。そこにお徳が置いてった裁縫道具があるから」
「イヤだよ、前のおかみさんの使ってたものなんて!」
「わかったよ、何もしなくていい。まったく……」

熊が出ていった後、「私だってできるんだ」と言って針と糸を持つが、指を刺してしまうばかり。そんなところに長屋の子供たちがやって来て「お姉さん、吉原にいたんだろ? 俺たち、遊廓ごっこしてるんだ! 花魁道中教えておくれよ」

長屋の子供たち相手にせがまれ、花魁道中を教えるおしま。「お姉さん、すごい! 花魁だったの?」「……昔、ね」 そこに長屋のおかみさんが来て子供を叱る。「ここのうちと付き合っちゃダメって言っただろ!」 涙に暮れるおしま。

言い知れぬ孤独を感じたおしまはある日、「ちょっと湯に行ってくる」と家を出て、そのまま吉原へ。驚く女将におしまは言う。「あっちには本当のことしかなかったけど、ちっともいいことなかった……私の本当はここにあるんだ」 そんなおしまを女将は優しく迎える。「何があったか知らないけどさ、うちは看板が一枚抜けて弱ってるんだ。お前が戻って来るなら、大歓迎だよ」

場面変わって、花魁道中。「綺麗な花魁だな」「あの花魁、昔は品川にいたんだって」「根性が座ってるねえ」と噂する男たち。

「おしまさんならきっと花魁になるって信じてましたよ」
「私はこの吉原に骨を埋めるつもりさ」
「あっしもついていきますよ、死ぬまで」
「ふふふ、やっぱりこの里は、嘘ばっかりだねえ」

遊女おしまの『子別れ』、切なく哀しい女の人情噺として聴き応えがあった。惚れぬいた男に身請けをされて幸せになることを夢見たのに、長屋の現実は厳しく、自らの人生を振り返って「遊女として生きていく」ことを決意したおしま。皆が温かく迎えてくれた吉原で念願の花魁となり、たくましく生きていく結末は、胸を打つものがあった。「私の真実はここにあった」というおしまの台詞は切なく哀しいけれども、清々しくもある。

『子別れ』で熊と別れた遊女が、彼女なりの「生きる道」を見つけたのを知って嬉しくなった、つる子の創作した物語。『子別れ』に出てくる「熊が吉原から迎えた女が子供たちを引き連れて花魁道中をやってた」というエピソードは「とんでもない女」として吉原の女を語るものだったが、つる子は「それには悲しい理由がある」と謎解きをしてくれた。おかみさん目線の『子別れ』で、亀吉が「遊廓ごっこ」をしていたというのが伏線となり、「子供たちにせがまれてやった」ということにしたのは見事だった。

これまでにも『子別れ』で「ああいうところ(遊廓)の女はダメだな」と言う熊に「そういう言い方はよくないよ。おとっつぁんにも問題があったんじゃないかな」と亀が説教する、という演出を施した噺家はいるが(例えば柳家喬太郎)、そういう「遊女だからダメ」という偏見がおしまを苦しめていたのだ、というつる子の解釈は目からウロコだ。

おかみさん編では、以前の「亀がおっかさんに紅を買ってやりたいと言う」演出から、「熊が買ってくれた思い出の紅」に変えたのも、印象的だった。お徳にはお徳の強い意志があり、「熊への愛情があるからこそ」復縁する、ということもきっちり表現されていた。「お酒がいけない」ダメな熊にも、品川の遊女との縁があり、それを女房に言ってしまうバカ正直に愛嬌を持たせたのもよかった。前半二席に関しては、亀吉の可愛さが最大の魅力でもある。『ねずみ』の卯之吉もそうだが、つる子が演じる男の子の可愛さは特筆モノだ。

つる子ならではの『子別れ』三部作、感動した。とりわけ遊女目線の『子別れーおしまー』は、見事に「遊女の生き方を描く人情噺」となっている。大事に育てていってほしい噺だ。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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