広瀬和生の「この落語を観た!」vol.76

10月19日(水)
「もっと新ニッポンの話芸スピンオフ」@大須演芸場

広瀬和生「この落語を観た!」
10月19日(水)の演目はこちら。

鈴々舎馬るこ『バルブ職人』
旭堂鱗林『芸どころ名古屋』
~仲入り~
立川こしら『笠碁』
全員トーク(こしら・馬るこ・鱗林・広瀬和生)

三遊亭萬橘が「新ニッポンの話芸ポッドキャストのレギュラーは続けるけれども落語会としての『新ニッポンの話芸』からは卒業」を表明したことで、新たに「新ニッポンの話芸スピンオフ」として“立川こしら・鈴々舎馬るこ + ゲスト”という形式の落語会を各地で開催することが決定。その第1回が名古屋の大須演芸場で行なわれた。ゲストは地元の人気女流講談師・旭堂鱗林。

馬るこは今話題のハラスメント問題についてわかりやすく解説した後、東京から温泉地に来て観光協会に就職した若者が師匠の厳しい指導のもと激しい特訓に耐えて観光名所の足湯のバルブ調節職人として成長していく『バルブ職人』。昨年こしらが企画した「ご当地落語プロジェクト」で生まれた新作のひとつで、馬るこは寄席の高座にも頻繁に掛けている。地方の“あるある”を盛り込んで脇道に逸れつつ濃いキャラが活躍する爆笑編。バルブ調節する際の圧の強い“儀式”のバカバカしさが馬るこならでは。

鱗林は地元ネタ満載のマクラで場内を大いに沸かせた後、自身の創作講談『芸どころ名古屋』を披露。享保年間の尾張藩主・徳川宗春は享保の改革を推進する将軍・吉宗の質素倹約路線に反旗を翻し、堂々と「芸能は庶民の栄養」と主張、芝居等を大いに奨励して“芸どころ名古屋”の礎を築いた……という内容で、地元ネタのマクラからの見事な流れで聴き手を引き込んで離さない。その鮮やかな鱗林の語り口に惚れ惚れした。もっと聴いてみたい演者だ。

こしらの『笠碁』は“笠”も“碁”も出てこない改作。近江屋と相模屋という二軒の大店の主人は揃って賭け事が大好き。二人は同じ奉公先で育った幼馴染みで、それぞれが店を持って歳を重ねた今も仲良く賭け将棋に興じる仲だったが、ある日突然相模屋が「あいつはとんでもない奴だ」と、近江屋と仲違いをする。かつて、二人の主人が「どちらに暖簾分けをするか」を、二人に博打をさせて決めたのだが、その際、近江屋がわざと負けて相模屋が暖簾分けされるように仕向けたのだと、相模屋が知ってしまったのだ。

だが、雨が降り続けるある日、近江屋と賭け将棋をしたくてたまらない相模屋が、番頭に「近江屋の様子を見てこい」と言う。と、遠くから相模屋の様子を見に来た近江屋の姿を発見。しかし近江屋は店に顔を出さずに帰ってしまった。ますます怒る相模屋。相模屋の番頭が近江屋の若旦那に相談しに行くと、近江屋もまた相模屋のイカサマに怒っているのだという。若旦那が病に倒れたとき、治療費の五十両を近江屋は博打で儲けた金で工面したのだが、その博打の相手は相模屋で、近江屋にわざと負けて五十両を渡したのだった。「二人とも相手のために負けたって……いい話じゃねえか」

「博奕打ちがイカサマをしちゃおしまいだ、あいつは絶対に許せない」と互いに意地を張る相模屋と近江屋。そんな二人を見かねた相模屋の番頭と近江屋の若旦那が一計を案じる。作戦は功を奏し、二人は仲直りして泣きながら賭け将棋に興じるのだった……。

「これ、別に『おともだち』って新作落語ってことでいいんじゃないの?」と、かつて「こしら・一之輔 ニッポンの話芸」でこれを聴いた春風亭一之輔が感想を述べた『笠碁』。こしらの大ネタ(?)には「改作と言うよりは擬古典の創作落語」という噺が幾つもあるが、これはそのひとつ。“イカサマ”と掛けたサゲも見事。聴き応えのある一席だ。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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