広瀬和生の「この落語を観た!」vol.10

7月6日(水)
「兼好集」@日本橋劇場

7月6日の演目はこちら。

柳亭市遼『金明竹』
三遊亭兼好『湯屋番』
柳家小ふね『熊の皮』
三遊亭兼好『ねずみ』
~仲入り~
三遊亭兼好『お化け長屋』

兼好の『湯屋番』は若旦那が湯屋に行く前からして独特な爆笑編。湯屋のおかみさんが若くて綺麗だから働きに行こうと思い立った若旦那の「湯屋の主人がポックリ死んで自分が後釜に」という妄想は、彼の中では完全に既成事実で、番台で客にまで「親方は亡くなった」と言う始末。自分が“お湯屋の若旦那”となると隣町まで評判になって、小唄の師匠が自分に惚れて……という妄想ひとり芝居は、それを見ている客のリアクションが絶妙に可笑しい。今、『湯屋番』の面白さで兼好の右に出る者はいないと断言しよう。

『ねずみ』、虎屋の主人の卯兵衛が腰が抜けて幼い息子の卯之吉と鼠屋をやるに至った経緯は、通常の演出だと卯兵衛が自ら甚五郎に打ち明けるが、兼好の場合は卯兵衛の幼馴染の生駒屋が甚五郎に語って聞かせる。この噺、元が浪曲なので“自分の身の上話を延々と語る”のも似合っているが、落語として考えた時、すべてを知っている生駒屋が虎屋を乗っ取った丑蔵とおこんに対する憤りと卯之吉を思いやる気持ちから“つい喋ってしまう”という兼好演出こそが、むしろ“あるべき姿”に思える。「『ねずみ』をやるならあの型しかない」と春風亭一之輔が兼好にこれを教わった、というのも納得だ。生駒屋がまた実に愛すべきキャラで、卯兵衛と卯之吉に起こった一連の出来事を甚五郎に伝える語り口に引き込まれる。名演だ。

『お化け長屋』は二人目の「幽霊が出ても構わない」と強気な男の杢兵衛に対するツッコミの数々が実に楽しく、多くの演者のようにそこまでで終えても充分聴き応えがあるが、この男が引っ越してきてしまう後半までやるのが常。幽霊騒ぎを起こして追い出そうという企みは、長屋の連中のいい加減なやり方が却って住人の恐怖を煽る。この後半のドタバタの可笑しさは空前絶後。幽霊役は、長屋のおかみさん連中が不在で89歳のお婆さん。この婆さん、幽霊になってぶら下がっていると入れ歯を落としてしまい、驚愕した男が逃げ出していくと、入れ替わりに大家がやって来る。婆さんの幽霊がぶら下がってるのを見た大家は「幽霊だろうと店賃は払ってもらう」と宣言。それを聞いた長屋の連中、「凄いな大家、幽霊でも歯が立たねえ」「歯が立たないはずだよ、入れ歯落としたから」でサゲ。冒頭からサゲまで一切ダレ場なし、聴くたびに新鮮に楽しめる。やっぱり兼好の『お化け長屋』は最高だ。

“兼好で聴きたい噺”が三席取り揃えられた独演会。これ以上ないくらい充実した内容だった。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

※S亭 産経落語ガイドの公式Twitterはこちら※
https://twitter.com/sankeirakugo