広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.143

7月12日(水)「三遊亭白鳥・柳家三三 二人会」@北とぴあつつじホール


広瀬和生「この落語を観た!」
7月12日(水)の演目はこちら。

柳家三三『豚次誕生 秩父でブー!』
~仲入り~
三遊亭白鳥『船徳』

白鳥のプロデュースによる「三三が白鳥作品をやり、白鳥が古典をやる」という趣旨の二人会で、「両極端の会」のスピンオフ企画とも言うべきもの。白鳥は「古典をやる」とは言っても実質的には“改作”で、前回のこの会では白鳥版『しじみ売り』が生まれている。

三三は白鳥作の長編「流れの豚次伝」全十話を持ちネタとしており、昨年も「全話通し」の独演会を催している。今回演じたのはその第一話。幼い豚次が秩父の養豚場に母を残して男を磨く旅に出る発端のエピソードを、三三は実に丁寧に、時に笑いを交えながらドラマティックに描く。殊に印象的なのは、母を救おうと頑張る豚次の健気さ。これがもう、本当に可愛い! 三三の真骨頂は意外にこういうところにあるのかもしれない。狼の末裔としての自尊心を取り戻した番犬の描き方も見事。豚次を自由の身にして自らは運命を受け入れようとする母の凛とした姿勢も感動的。我が子を送りだす母の「お前は広い世界で生きなさい。いろんな楽しいこと、面白いこと、怖いこと、哀しいことあるだろう。そしていつかあの世で会った時に、私たちに聞かせておくれ」という台詞が涙を誘う。

『船徳』は、初代古今亭志ん生が創作した長編人情噺『お初徳兵衛浮名桟橋』の発端のごく一部、若旦那の徳兵衛が船頭の修業を始めたばかりのエピソードを滑稽噺として初代三遊亭圓遊が大きく膨らませたもの。『お初徳兵衛浮名桟橋』の発端を「お初徳兵衛のなれそめ」として一席ものの人情噺として演じたのが五代目志ん生で、倅の十代目金原亭馬生がそれを継承、弟子の五街道雲助が磨きを掛けて、隅田川馬石や入船亭扇辰などへと伝わっている。

今回白鳥が演じたのは、かつて「船頭になりたい。それができないなら船頭のお嫁さんになりたい」と言っていた幼馴染みのお初が、勘当された徳兵衛を「情けない男」とバカにするので、見返すために船頭になる噺。船宿で失敗を重ねた徳兵衛は、親方に「命懸けで修業してこい」と言われて秩父の急流で猪牙舟に乗って丸太を流す船頭の弟子になる。三年の厳しい修業に耐えて一人前になった徳兵衛は秩父での暮らしが気に入っていたが、江戸のお初が父の借金のかたに大嫌いな男の嫁にされると知り……。

お初が嫁がされる相手とは、徳兵衛が偶然知り合った善良な老夫婦の娘をかつて非業の死に追いやったという悪党だった。修業で腕を磨いた徳兵衛が幼馴染みを苦境から救い、悪党を成敗して老夫婦の娘の仇を討つという劇的な大団円。お初と徳兵衛が幼馴染みという設定だけ活かした全編オリジナルな白鳥版『船徳』。また新たな傑作が生まれた。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

※S亭 産経落語ガイドの公式Twitterはこちら※
https://twitter.com/sankeirakugo