広瀬和生の「この落語を観た!」vol.8

7月4日(月)
「こしらの集い」@内幸町ホール


7月4日の演目はこちら。

立川こしら『あくび指南』『青菜』『千早ふる』

35分に及ぶ時事マクラから、一席目は『あくび指南』。僕が2008年に初めてこしらの面白さに気づいた、懐かしい演目だ。

先生に「具体的にどういうあくびをしたいか、明確な目標はありますか?」と問われて「町娘たちがウットリして『ああいうあくびをする人と一晩ゆっくり過ごしたい』と言うような、最終的には札束と美女で一杯のバスタブに浸かれるようなあくび」と即答する八五郎の、稽古でのダメっぷりが際立つ傑作。「船を上手に」を「船を岩手に」と間違える八五郎を先生が「そんな小舟で大川から太平洋に出て岩手まで行くことが出来ると思うのか!」と本気で叱るあたりの可笑しさはこしらならでは。

そのまま二席目『青菜』へ。柳陰二杯でベロベロになる酒に弱い植木屋、「本当は公家の出」だから“隠し言葉”を心得ている女房、「柳陰をくれるような大阪の友達」を知りたがる大工といった演出は独特だが、全体的には意外に(?)真っ当な『青菜』。押し入れから出てきた女房の異常な様子に怯える大工が、植木屋の「弁慶にしておきな」というサゲの台詞をスルーして、「違うって! お前のカミさん、おかしくなってるよ!」と叫ぶのがサゲ、という唐突な終わり方はこしらが得意とするところ。

今日の目玉は『千早ふる』。普通の古典落語『千早ふる』で語られる業平の歌のわけを教わった八五郎が、1ヵ月後に「竜田川が相撲取りっていう他は忘れちまったんで」とまた訊きに来る。すると隠居は「千葉家(ちはや)古歌(ふるか)」という前途有望な噺家に妙な噂が流れ、竜田川に説教された古歌が師匠の千葉家歌楽(からく)に相談して立ち直り、立派な話かになった、という作り話をする。「ちはやふるか みょう(な噂)も聞かず」「からく(に)礼ない(礼を言わない)」「困難を潜り抜けた=みず(から困難を)くぐる」というのが歌のわけ。「とわ」は古歌の本名。

後日、また八五郎が歌のわけを聞きに来る。すると隠居は「あたり一面は血の海。被害者が横たわっている。そこに立っていた、返り血を浴びた大男は溜息をつき、外へ出て行った」と話し始める。「ちはやふる=血が速く流れる」で、大男は竜田川で、「願わくばこの犯行の前に時を戻したい」と紙に願ったが、もちろんそれは無理なこと(神よ、も聞かず)。竜田川はこれからというところで暮れに自ら引退して後戻りできない門をくぐった=「(これ)から(なのに)くれ(に引退してもうい)ない に みず(から門を)くぐる」。「とわ」はやっぱり古歌の本名(笑)。

また八五郎が聞きに来る。と隠居は「カラス、カアで夜が明けた」と話し始めた。「真っ赤に染まった部屋に息絶えた男。一人の男が目にしたのは、壁に血で書かれた“ちは”という二文字。それを手掛かりに様々な角度から調べ始めた」 この被害者、懐に紙を持っていたが、血で真っ赤に染まって読めない。「私はこの男を知っている」と言い出したのは歌楽師匠。謎は深まるばかりだった……。「ちは」をグーグルではなくヤフーで検索して「ちはヤフる」、紙が読めなくて「かみよもきかず=紙を読むこともできず」、歌楽が捜査協力したのに礼がなくて「からくれない」……「竜田川って出てきましたか!?」と八五郎がツッコむが、強引に納得させる隠居。

また八五郎が聞きに来る。「竜田川が引退した後、古歌も姿を消した」「続きモノなんですか、これ!?」 歌楽は被害者が古歌の贔屓筋だと知っていた。世間は竜田川と古歌の失踪事件の噂でもちきりだ。あの“妙な噂”とは、古歌が何らかの口止め料を払ったという噂だった。古歌の本名は「とわ」だと知った贔屓筋の男が、本名「とわ」という千早大夫が姿を消したと同時に噺家の古歌が世に現われたという事実を突き止め、実は女である古歌に言い寄ってきた。古歌と恋仲にあった竜田川は、それを知って……。

3年後、豆腐屋になった竜田川の許を古歌が訪ねる。こしら特有の歯が浮くような、こっ恥ずかしい語り口の純愛ドラマが展開され、隠居が「この二人の愛は、八っつぁん、どうなった?」と尋ねると「永遠(とわ)のものに!」と大感動。さらに地の語りで、こしらが続ける。「本当の物語を皆さんに伝えなくてはいけない。あの『千早ふる』で突き飛ばされた女乞食は神代なんです。千早は竜田川の隣に寄り添っていました」……。

バカバカしくも壮大なドラマになった『千早ふる』。こしら曰く「この夏のイチ推し」のネタおろしだった。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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