広瀬和生「この落語を観た!」vol.16

7月12日(火)
「渋谷らくご」(ユーロライブより生配信を視聴)


7月12日の演目はこちら。

三遊亭青森『マイファーストキッス』
三遊亭遊雀『初天神』
~仲入り~
立川談吉『青菜』
弁財亭和泉『座席なき戦い』

青森の『マイファーストキッス』は恋に憧れた高校生時代の妄想と失恋をひたすら絶叫調で観客に語りかけて自己陶酔する落語家の“自分語り”落語。他で聞いたことのない芸風だ。

遊雀の『初天神』は父に甘えて初天神に連れてってもらった金坊が「何か買ってほしい」と無言でアピールした後、「我慢できないよ~団子買ってくれたら本当にいい子になりますから~」と泣き声になり、「いいじゃねえかさあ~聞こえてんでしょ~」といくら頼んでも無視され、団子屋を通り過ぎる辺りで泣き落としが効かないとわかると一転、ドスの利いた声で「いい子はここでおしまいです。おう! 団子買えって言ってんだこのヤロー」と凄むも無視され、「このままで済むと思うなよ……たった今後悔させてやるからな」と吐き捨てて、通りすがりの人に「突然のことで驚かれたと思いますが僕にお団子買ってください……うちの父に頼んでも取り合ってもらえないものですから、もうあなたにすがるしかないかと……どうか僕にお団子を……」と懇願し始め、周囲の厳しい視線に耐えかねて父親が遂に団子を買ってやる羽目に……という、この一連の流れがメチャメチャ可笑しい! 遊雀ならではの自由な演技が炸裂する逸品だ。

談吉の『青菜』はオーソドックスな演じ方の中で旦那が稀にブッ込んでくるボケの唐突さが妙に可笑しく、そのボケのひとつを大詰めで回収したのも笑った。

『座席なき戦い』は三遊亭白鳥作品。和泉は主人公を女性に変えて演じている。残業して帰宅しようとした矢先にシステムエラーの修復を命じられて徹夜で作業した後、神田から新宿の本社まで報告書を提出せよと言われた女性社員が、せめて少しだけでも寝たいと思い中央線ではなくあえて山手線に乗って優先席に座ったものの、御徒町で乗り込んできたアメ横帰りのオバちゃん二人組の傍若無人な振る舞いでとんだ災難に見舞われる。このオバちゃん二人の描き分けと疲弊しきった女性会社員の心の叫びのリアリティが、白鳥作のドタバタを完全に“和泉落語”の色に染めている。和泉の演出力が冴え渡る傑作。

次回もお楽しみに!

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