広瀬和生の「この落語を観た!」vol.60

9月10日(土)
「蝶花楼桃花ファースト独演会“Fly High~桃色の花を”」

@なかの芸能小劇場


広瀬和生「この落語を観た!」
9月10日(土)の演目はこちら。

春風亭てるちゃん『元犬』
蝶花楼桃花『宗論』
橘家圓太郎『かんしゃく』
~仲入り~
蝶花楼桃花『転宅』

『宗論』は兄弟子の五明楼玉の輔から教わったもの。玉の輔の『宗論』は「クリスチャン・ディオール」「水戸納豆」「川村学園」「ミカエルが尺取虫のように」等々でわかるように師匠の春風亭小朝が創作した型を継承したものだが、新たな演出を色々と加えて十八番としたもの。父親の宗旨も浄土真宗から真言宗に変えて、真言宗の開祖・空海に因んだサゲを新たに考案している。玉の輔が出ている寄席に通ったら間違いなく遭遇するネタだ。桃花は玉の輔の型に忠実に演じつつ、玉の輔のフラがもたらすトボケた雰囲気とは一味違う、微笑ましい“父と子の噺”になっているのは、桃花が演じる息子の真っ直ぐな可愛さがあるからだろう。

圓太郎の『かんしゃく』は帰宅するなり家人にガミガミ怒鳴り散らす実業家の、興奮のあまり声を裏返しながら怒鳴るトーンそのものがコミカルで憎めない。この怒鳴り方が絶妙で、普通に話すときの分別ありそうなトーンとの使い分けが見事だ。夫のかんしゃくに耐え兼ねて実家に戻ってきた娘を諭す父親がまた魅力的で共感を呼ぶ。父の助言に従った奥方が見事に差配して片づけの行き届いた家に帰宅した男が「いいじゃないか!」と怒鳴るように誉めるのが何とも可笑しく、それゆえにあのサゲがすんなりと受け入れられる。小三治亡き今、『かんしゃく』と言えば圓太郎だ。ちなみに『宗論』も『かんしゃく』も益田太郎冠者の作。『かんしゃく』は見事に明治・大正の空気感を漂わせるのに対し、『宗論』は時代を超えた普遍性を感じさせるのが面白い。

桃花がこの日のトリネタに『転宅』を選んだのは、真打になった当時の小朝がよく高座に掛けていたと聞いたからだという。桃花の『転宅』は桃月庵白酒の型だが、色仕掛けで泥棒を丸め込むお菊に桃花の個性が反映されて実にリアル。こういう肝の据わった女を演じると桃花は本当に上手い。『転宅』という噺においては通常あくまでも泥棒が主役でお菊にはあまり演者の個性が反映されないが、桃花の『転宅』ではお菊が生き生きと描かれて印象的だ。これは『お見立て』で喜瀬川をリアルに演じて印象的なのと同じ。“女性の描き方”がポイントになる噺は桃花の得意とするところで、今後もそういったネタをどんどん増やしてほしい。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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