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広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.164

2月24日(土)「芸歴40周年記念興行 立川談春独演会」
                   @有楽町朝日ホール

<演目はこちら>

 立川談春『松竹梅』
 立川談春『よかちょろ』
   ~仲入り~
 立川談春『文七元結』

          ◇

談春の『文七元結』は演るたびに吾妻橋の場面での長兵衛の台詞が変わるが、今回は別次元の変化があった。佐野槌の女将とのやり取りまでは、「再来年の大晦日まで待ってあげる」も含め、ほぼ従来どおり。ただ、五十両を借りた長兵衛がお久に礼を言うと、お久は「私のことはもういいの」と言う。この一言が大きな意味を持つ。長兵衛が去った後、女将がお久に言う「大丈夫、きっと迎えに来てくれる。でも……今のあなたの気持ちは報われないわね。長兵衛さんにそれがわかるかしら」という台詞の、“今のあなたの気持ち”がお久の一言に凝縮されている。

吾妻橋で出会った文七は、人生に絶望していた。「大それた幸せなんて求めてないのに、なんで私だけこんな目に遭うんですか。もういいです。私が死ぬと、みんなに迷惑を掛けます。でも、もういいんです」 それが、文七が死のうとする理由だった。長兵衛は、その言葉を聞いた時、お久の「私のことは、もういいの」という言葉が彼女の深い絶望を表わしていたのだと気付く。二年経って、稼いだ五十両を持って迎えに行っても、今のお久の気持ちは救われない。娘を絶望させたことに愕然とした長兵衛は、せめて目の前にいる絶望した若者を救うことで僅かでも罪滅ぼしをしたいという衝動に駆られ、五十両を文七に渡して去るのである。

翌朝、文七を連れて近江屋卯兵衛が長兵衛宅を訪ね、長兵衛が五十両と酒を受け取り、近江屋が「お肴を」と言って合図すると、佐野槌の女将に連れられて、着飾ったお久が「(近江屋に)身請けされたの」と言い、帰ってきたお久と両親が感動の再会。ここで佐野槌の女将は「文七さんの親代わりっていうけど、それだったらお久ちゃんと文七さんを夫婦にして、本当の親になったら?」と提案するが、長兵衛は「こんな奴にお久をやれるか!」と激高。だがお久と文七は見つめ合って頬を赤らめている。「俺の娘をもらいたいなら、何かやってみせろ!」と言い放つ長兵衛。文七はその一言に発奮し、元結を改良した“文七元結”が大当たり。「大したもんだ」と長兵衛に認められてお久と夫婦になり、末永く幸せに暮らした……というハッピーエンド。

「なぜ娘を売った大事な五十両を他人にやってしまうのか」「なぜ五十両を置き忘れて死ぬと騒いだマヌケな文七にお久を嫁がせるのか」というのが『文七元結』で最も引っ掛かる部分だが、今回の談春の演出では、それが解消されている。「五十両やってしまったら借金が百両になる」ことに長兵衛が気付いてなかった、というくだりは笑いを生むし、女将の提案で逆上する長兵衛の描き方もドタバタ喜劇風。このあたりの“緊張と緩和”も談春ならではの持ち味。今までにない新しい『文七元結』、僕は好きだ。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!
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