広瀬和生の「この落語を観た!」vol.113

12月19日(月)
「三遊亭兼好独演会 人形町噺し問屋」@日本橋社会教育会館


広瀬和生「この落語を観た!」
12月19日の演目はこちら。

三遊亭兼好(トーク)
三遊亭けろよん『出来心』
三遊亭兼好『宗論』
マキタスポーツ(ギター漫談)
~仲入り~
三遊亭兼好『淀五郎』

兼好の『宗論』は本当に面白い。春風亭小朝の『宗論』をルーツとする五明楼玉の輔の『宗論』や三遊亭歌武蔵の『宗論』も面白いが、兼好がまったく新しい演出の『宗論』を作り上げたのは称賛に値する。スットボケた息子の発言の数々と父親の真面目なのかふざけてるのかわからないツッコミが相まって、何度聞いても新鮮に可笑しい。ただ、この可笑しさは演出以上に“演者”兼好が抜群に面白いからこそで、兼好の『宗論』を教わってそのままやっている若手の高座を聞くとそれが如実にわかる。(『宗論』に限らず兼好のネタはすべてそうだ)

『淀五郎』は地の語りの軽やかさ、市川團蔵の人間味あふれる描きかたが印象的。團蔵は“皮肉”というよりざっくばらんで率直な人だ。中村仲蔵の人柄も実に魅力的。「喜んで腹を切ってるようじゃだめだ、淀五郎じゃなくて殿様のそばに行くんだって、三河屋はちゃんと教えてるじゃないか」と團蔵の言葉の意味を若者にわかるように噛み砕いて教えるだけでなく「お前はもう名題だ、甘えてちゃいけない。三河屋はちゃんと教えてるのに『教わってません』なんて言ってるようじゃ駄目だ」と名題としての心構えを説く。

「だいいち三河屋のほうがお前より何倍も悔しい思いをしたはずだよ。相中から一足飛びに名題にして、周りから何を言われたと思う? 『こんな者には務まらない』と皆が言うのに『いえ、あいつにはできますから』と頭を下げて頼み込み、一生懸命周りを説き伏せたのは三河屋だ。お前の耳に入ってないだけだよ。なのにやらせてみたら喜んで腹切ってやがる。よっぽど悔しいはずだ」と淀五郎に耳に痛いことを言い、「三河屋はまだお前を見離しちゃいない。『明日になれば了見を入れ替えてくる』と信じて待ってる。それを恨むなんてとんでもない罰当たりだ。了見を入れ替えて舞台に励みなさい」と叱咤激励する仲蔵。そこに技術論は一切ない。ただ「了見」だけを説く。仲蔵が了見だけを説くのは三遊亭遊雀の演出にも通じるが、兼好の描きかたはまた一味違う。

仲蔵宅から帰った淀五郎が稽古に励む様子を地で語る兼好の「了見を入れ替える稽古というのは大変でしょう。何せ、自分の中から淀五郎を追い出さなきゃいけないんですから」という言い方が心に残る。「石堂右馬之丞の役者も今日の淀五郎は違うなと気付いているから、ちょっと嬉しくなって」というのも面白い。一晩でガラッと了見が変わった淀五郎を見て「一晩でこれだけ変わるとは思わなかったな。いい目してやがる。俺の眼も狂ったかと思ったが、やっぱり俺が見込んだとおりだ」と喜ぶ團蔵。いいものを見せてもらった。兼好らしい、軽くて深みのある、素敵な『淀五郎』だった。
次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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