広瀬和生の「この落語を観た!」vol.80

10月24日(月)
「特選落語会“白鳥・兼好二人会”」@伝承ホール


広瀬和生「この落語を観た!」
10月24日(月)の演目はこちら。

三遊亭白鳥・三遊亭兼好(トーク)
三遊亭兼好『熊の皮』
三遊亭白鳥『最後のフライト』
~仲入り~
三遊亭白鳥『マキシム・ド・呑兵衛』
三遊亭兼好『河童の手』

この二人会では白鳥が江戸時代を舞台に創作した擬古典『河童の手』をネタおろしするのが目玉。オープニングトークでは圓生の孫弟子である白鳥と五代目圓楽一門の兼好がそれぞれの立場で名跡問題を語った。

『熊の皮』と言えばもちろん三遊亭遊雀の十八番だが(遊雀は古今亭志ん橋から教わっていて、そのルーツは桂文朝)、最近は兼好のネタという印象が強くなってきた。遊雀から教わった若手が「明らかに遊雀の型」であるのと同様、兼好から教わった若手が「明らかに兼好の型」でやっているのに遭遇する機会が多いからかもしれない。総じて兼好の落語には独特の演出が施されていて、そこには“耳に残るフレーズ”と“残像が残る仕草”が頻出する。『熊の皮』では甚兵衛さんに女房がお米のとぎ方を指南するときの「キュッキュッ」がそれ。笑顔で亭主を尻に敷く女房と従順に頑張る甚兵衛さんが可愛い、軽やかな一席。

時の権力者が小学校時代の恩師に諭されて改心する観客参加型落語『最後のフライト』、今の主人公は“キシダフミオ”。このネタ、最初は“オザワイチロー”が主人公だった(しかもタイトルは『はじめてのフライト』だった)のが遠い昔のこととして思い出される。15年前くらいまで白鳥の寄席での定番ネタだった『マキシム・ド・呑兵衛』は、今では五明楼玉の輔などいろんな演者の持ちネタとなっているため白鳥自身はほとんどやっていないという。たくさん聴いてきたから全然そんな気がしないが、なるほどそう言われれば……という感じ。「美しいハーモニカを吹くペペ桜井」「これがホントの月星シェフ」等々、時代を超えて継承されていってほしいフレーズ満載。

江戸の日本橋、井筒屋という廻船問屋の若旦那が主役の『河童の手』。旦那が亡くなった後、道楽者の若旦那は酒に溺れ吉原通いに精を出すばかりでまったく商売に身を入れない。そんな若旦那を母親は甘やかすばかり。呆れた番頭が「こんなことでは先が思いやられるのでお暇をもらいます」と女将に申し出るのがこの噺の発端で、白鳥は定吉と若旦那のコミカルな会話から始め、番頭が若旦那を呼んでいると定吉が告げて番頭と若旦那の会話の場面となるが、兼好は番頭が女将を諌めるシリアスな場面から始めた。女将は「あの子は百両の価値があるものを三両で手に入れる目利きの才覚がある。今から三日の間でそれを証明してみせます」と息子を庇い、「そういうことなら試してみましょう」と定吉を呼んで若旦那を連れて来させる。ここでの定吉と若旦那の会話は笑いを交えながら演じられるが、白鳥の原作とは一味違う“兼好の落語”になっている。若旦那を呼び出した番頭の厳しい口調はまさしく古典落語(例えば『たちきり』あたり)の“若旦那を諌める番頭”そのものだ。

母親が裏から手を回して百両の値打ちがあるものを若旦那が三両で買えるよう画策したものの、若旦那が入るべき道具屋を間違えて「三つの願いを叶える河童の手」を三両で無理やり買ってくるのがこの後の展開だが、兼好は若旦那が自分で見つけた数々の“掘り出し物”を番頭に見せて失敗するくだりを挿入。原作での道具屋でのギャグをこっちに持ってきた上に幾つもオリジナルのギャグを追加。最後の一日となったところで女将が息子に「広小路の新宝堂という古道具屋に行って『この店で一番珍しいものを』と言いなさい。私が百両渡してある」と告げるが、若旦那は間違えて珍宝堂へ行ってしまい、河童の手を手に入れる。

平安時代、京の都を荒らした悪い河童を坂上田村麻呂を退治し、命乞いをした河童が「この手に魔力を封じ込めます」と言って自ら腕を切り落とした。その河童の手には三本の指があり、ひとつ願い事を叶える度に一本が消えるという。白鳥の原作では店主が百両と言っているのに若旦那がこれを三両で強奪してくるが、兼好の演出では「千両、万両の値が付く品ですが、百両でお売りしましょう」と言われた若旦那が「三両で」と言うと即座に売り渡し、若旦那が帰った後で「あんなガラクタを三両で買うとは目が利かない客だ」と独白するという展開。

「三つだけ願いを叶える魔力」という設定は古くからいろんなパターンがあり、いずれも皮肉な結末が待っている。『河童の手』と聞くと真っ先に思い出されるのがホラー短編『猿の手』(W・W・ジェイコブズ作)だが、白鳥作『河童の手』はそういう怖い噺ではなく、あくまでもバカバカしいドタバタが展開されつつ、気の利いたオチへと着地する。この展開は兼好自身の芸風によく似合っていて実に楽しい。原作の持ち味を活かしながら見事に“兼好の擬古典”として仕上げられた『河童の手』。抜群のアレンジ能力を持っている兼好ならではの、聴き応え満点の一席だった。今後も持ちネタとして使っていけそうだ。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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