広瀬和生の「この落語を観た!」vol.81

10月26日(水)
「三遊亭白鳥・柳家三三 二人会“三ちゃん新作やってね! 白鳥兄さんそれじゃあ古典をお願いします”」

@北とぴあつつじホール


広瀬和生「この落語を観た!」
10月26日(水)の演目はこちら。

三遊亭白鳥・柳家三三(トーク)
柳家三三『腹ペコ奇談』
~仲入り~
三遊亭白鳥『しじみ売り』
三遊亭白鳥・柳家三三(トーク)

白鳥プロデュースの二人会、これが二度目の開催。らくご@座が主催する「白鳥・三三 両極端の会」では互いに宿題を出す形だが、この会はサブタイトルにあるとおり、白鳥は古典落語を、三三は白鳥作品を演じるのがテーマ。当日まで相手が何を演じるのか知らされていない。

三三が演じた白鳥作品は『腹ペコ奇談』。三三はこれを2013年12月の「両極端の会」でネタおろししている。旅回りをしている売れない落語家とその息子が三日も何も食べず腹ペコのまま寂しい山道を歩いていて“人間を食べる家”におびき寄せられるホラー落語で、前半の出来事がクライマックスで伏線として回収される構成が白鳥らしい傑作。三三は、基本的な流れは原作に忠実でありつつ、端正な語り口による地の語りを新たに創作して随所に挿入、登場人物の台詞回しも大きく膨らませて“三三の落語”として再構築している。白鳥はあくまでドタバタとして演じた作品を、三三は臨場感あふれる描写によって聴き応えのある幻想的な物語に作り替え、聴き手を引き込んだ。独自のギャグも交えながら生き生きと演じる三三は、実に楽しそう。「両極端の会」や「流れの豚次」シリーズでも見せる“実は新作をやるのが好きな三三”を堪能させてもらった。

白鳥がネタおろしした『しじみ売り』は、古今亭志ん生の講釈ネタ。今では立川志の輔の十八番として知られている。しじみ売りの少年の身の上話を聞いた次郎吉は、自分がかつて箱根の宿でイカサマ師にハメられた若旦那とその女房を助けたことがかえって彼らを苦しめることになったと知り、牢に入った若旦那をを助けるために動く。志ん生は次郎吉が子分を身代わりに立てて若旦那を牢から出し、彼らが幸せになったと地で語って講談風に締めるが、志の輔は次郎吉が自ら名乗って出ようと覚悟を決める場面で余韻を持たせて終わる。ところが白鳥は今回その先のエピソードを創作、これが実に素晴らしい出来だった。

箱根で若夫婦を助けたために彼らを窮地に追い込んだことを知った次郎吉は、弟分の松吉に会って駿河の金蔵を破ったときのことを話し、「あの小判には刻印があった。そのせいで三年も牢に入ってる者がある。もう潮時だ。しじみ売りのガキに教えられた」と言って雪の中、奉行所に「この牢に繋がれている若者に博打で稼いだ五十両を恵んでやったのは私です」と名乗って出る。若旦那はすぐ牢から出されたが、魚屋だと称するこの男を怪しんだ役人は次郎吉を牢に入れ、お白洲に出された次郎吉を奉行が盗賊の鼠小僧だと見破る。だが、いくら拷問に掛けられても次郎吉は口を割らず、松吉が江戸から逃げる時間を稼いでいた。

「これ以上やられたら死んじまう。明日は俺が鼠小僧次郎吉だと正体を明かそう」と覚悟を決めた夜、松吉が独房の天井から忍び込んで助けに来た。昔、次郎吉に世話になったことがあるという男が牢から出て、松吉に次郎吉のいる独房を教えたのだという。「裁きを受けるのが俺の運命だ」と言い張る次郎吉を、松吉は「兄貴はまだまだ人助けをしなきゃいけない」と説得。次郎吉が牢から出るとすぐに追手が掛かり、痛めつけられた身体で必死に逃げる次郎吉は、やがて追いつめられた。もう神田川に飛び込むしかないと覚悟したその時、あのしじみ売りの少年が助けに来た。舟で逃がしてくれるのだという。三日前、松吉が少年に「しじみを買ってくれたあのおじさんを助けてやってくれ」と頼んでいたのだ。

「お前、舟を漕ぐのがうまいな」「死んだ父ちゃんから教わったんだ」「俺は牢屋から逃げた悪い奴だ。どうして助けてくれるんだ?」「おっちゃんが何やって牢に入ったか知らないけど、俺にとっては、しじみを買ってくれたいい人だよ! それに、おっちゃんが言ってくれたとおり、いいことがあったんだ。若旦那が牢から出されたんだよ!」 そういうと少年は「次郎長が逃げたってお役人が言ってたけど、おっちゃん、次郎吉かい?」と尋ねる。「いや、違うよ」「そうなのか。誰でもいいや、俺が助けてやるよ! 安心しな!」「そうか……俺は、あの時お前から買ってやったしじみと同じだな」「どういうこと?」「川に逃がしてもらってるじゃねえか」でサゲ。

元は売れっ子の芸者だった姉が寝込んだ原因を語った後のしじみ売りの少年の「次郎長は義賊だ、貧乏人の味方だとか言いながら、姉ちゃんを酷い目に遭わせやがって! じゃあ俺のところに金が来ないのはどうしてだ! こんな雪の中、凍えながらしじみ獲って売るのがどんなにつらいか! 姉ちゃんと母ちゃんが死んじゃったら、俺なんて生きてたってしょうがないんだ!」という激しい言葉、それに心を動かされた次郎吉の「今はこんな寒い冬でも、いつか春が来るんだ。きっといいことがある」という台詞。この場面での真に迫った演技が胸を打つ。そして、独自に創作した脱獄シーンのスリリングな描写から、少年が再び登場しての心温まる会話。感動の余韻が残る名演だった。今の白鳥は、こういう風に「真正面から人情噺と向き合う」こともまた似合う。来年で還暦を迎える白鳥、ここへ来て一皮むけて、一段とスケールの大きな演者になった。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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