広瀬和生の「この落語を観た!」vol.103

11月26日(土)
「春風亭一之輔独演会」@三鷹市公会堂


広瀬和生「この落語を観た!」
11月26日の演目はこちら。

春風亭貫いち『金明竹』
春風亭一之輔『反対車』
春風亭一之輔『粗忽長屋』
~仲入り~
古今亭志ん五『お父さんのキャンプ』
春風亭一之輔『猫の災難』

一之輔の一席目は、孫娘チィちゃんが大好きで鬼嫁にイビられているお爺さん車夫が活躍する『反対車』。2022年の一之輔最大の収穫だろう。このお爺さんが出てくる『反対車』を初めて聴いたのは5月13日の「真一文字の会」。この時は後半の“速い車夫”の件も演じ、上野駅に行きたいのに館林に連れて行かれ、上野駅まで戻ってもらって何とか汽車に間に合い「どこへ行くんですか?」と車夫に訊かれて「館林」でサゲ、というものだった。次に一之輔の『反対車』を聴いたのは6月3日「ドッサりまわるぜ2022」全国ツアーの初日かめありリリオホールでのことで、この時にはお爺さんのキャラが大きく成長していて、後半の“速い車夫”の件はカットする現行演出になっていた。この時、孫娘のチィちゃんが応援しに来ているという設定となり、最後はチィちゃんをオルガン教室に送っていかないと鬼嫁に怒られるからと客を下ろすのは今と同じだが、当時はこのお爺さんが孫娘を乗せると全力疾走していってしまうというサゲ。7月2日の「ドッサり」@よみうりホール、8月31日の「一之輔たっぷり」、10月30日の「一之輔三昼夜ファイナル其の三」と、聴く度に進化していたが、サゲはそのままだった。だがこの日は最後、「オルガン教室に遅れると晩御飯を食べさせてもらえない」というお爺さんがチィちゃんを乗せて行こうとするも一向に進まないのを見てられなくなった客が「代われ!」と車を引いてチィちゃんを送り届け、お爺さんに「あなた、いったい何を?」と訊かれて「昨日まで車屋だったんだ」でサゲるという新しい演出が登場。これはいいサゲだ。

一之輔はそのまま高座を降りずに二席目の『粗忽長屋』へ。行き倒れを見て「熊だ!」と決めつけた八五郎が、世話人に「この死骸を引き取ってください」と言われると、「俺よりも他に引き取るべき奴がいる。熊の野郎だよ。当人が見て俺だって言ったら熊だし、違うって言ったら違うんだよ!」と強く主張するので、気圧された世話人が「じゃあ、そうしてください」と答えてしまうという珍しい展開。「お前は浅草で死んでるんだよ」と言われた熊が「でも俺ここにいるよ」と言うと、「しっかりしろよ! 思い出せ!」と八五郎は熊を叱り飛ばし、「死んだような心持ちがしない」と言う熊に「そりゃそうだろう、死んで半日くらいは死んだ心持がしないって爺さんが言ってた」と譲らない。「死骸を引き取るのはお前しかいないだろ! しっかりしろ!」と説得された熊が八五郎と共に出かけると、途中で会った爺さんに八五郎が「熊が死んだんだよ」と言うと爺さんは熊に向かって「死んだのか! でも大丈夫だ、しっかりしろ!」と励ます。行き倒れを取り巻く野次馬連中が「連れてくると思いますよ、そういう目をしてた」と面白がり、やってきた熊に「♪おーまえだ、おーまえだ」「♪だいてやれ、だいてやれ」と無責任に囃し立てるのが楽しい。思い込みの強い八五郎の“押しの強さ”は談志の『主観長屋』並み。テンポの良さも魅力だ。

ゲスト志ん五が演じた『お父さんのキャンプ』は、大学のサークル活動でソロ・キャンプに出掛けた一人娘の身を案じてキャンプ地に別行動でついてくる父親の噺。アウトドアに異常に強い父の謎めいた過去、さらに母までも…。志ん五の飄々とした語り口が心地好い小品。トボケた可笑しさとハートウォーミングな結末。いい噺だ。

一之輔の『猫の災難』は、一人で全部呑んでしまう熊が抜群に面白い。兄貴分が酒を買いに行ったのを茫然と見送った後、骨だけの鯛を見つめて「(元の鯛に)戻ってないかな」と擂り鉢を外してみるあたりからして普通じゃない。兄貴分が酒を残して鯛を買いに行くと、酒に向かって「そう? なんだよ、やめろ、見るなよ俺を! そう言われても困る……え? そうだよな、毒見したって。やめてって、よせよ……そう?」と酒の勧めに従う態で呑み始め、「あーっ! なみなみ! おい、バカヤロ!!」と酒のせいにして二杯目もたっぷりと。「兄貴の分を取っとけばいいんだ」と燗徳利と瓶の口に「おまえら、気を合わせろ! やればできる! ひの、ふの、みで行くからな、行くぞ!」と語りかけながらドッキングさせ、畳の上に酒をこぼして「もどってきてくださーい!」と心臓マッサージのように畳をリズミカルに押し、燗徳利の酒を吸い上げて「参ったか! 口ほどにもない!」と燗徳利に勝ち誇り、酒がなくなったのは天井から酒呑童子が来て呑んだことにしようと「何だ、おまえ」「酒呑童子です」「何しゅてんの?」と独り芝居に耽るバカバカしさ。最高だ。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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