広瀬和生の「この落語を観た!」vol.11

7月7日(木)
「J亭スピンオフ企画23 桃月庵白酒・春風亭一之輔 大手町二人会」@日経ホール

7月7日の演目はこちら。


春風亭いっ休『たらちね』
柳亭市弥『あくび指南』
桃月庵白酒『代書屋』
桃月庵白酒『青菜』
~仲入り~
柳亭市弥『紙入れ』
桃月庵白酒

7月7日 J亭スピンオフ企画23 演目

当日、一之輔が体調不良(後日コロナ感染と判明)のため休演となり、二ツ目ゲスト枠で出演予定だった柳亭市弥が急遽二席を務めることに。ちなみに市弥は9月に真打昇進して八代目柳亭小燕枝を襲名することが決まっており、一席目のマクラでその経緯を話した。

市弥の『あくび指南』は先生が欠伸斎長息と名乗る喜多八系の型だが、この先生がヨボヨボで、晩年の彦六の物真似を更にデフォルメしたような震える口調なのが、まず可笑しい。さらにこの先生、“夏のあくび”の模範演技をする段になるといきなりシャキッと歯切れのいい口調になって、その落差で爆笑を呼ぶ。「一之輔の代演、大丈夫か?」という場内の堅い雰囲気を、このバカバカしい演出で一掃した市弥に「アッパレ!」を献上したい。

白酒の一席目は客の面倒臭さがケタ外れな『代書屋』。履歴書、本籍、年齢、誕生日などのくだりにもヒネリを効かせて新鮮に笑わせてくれるが、圧巻なのが名前を聞き出すくだり。「モリちゃん」と名乗るこの男の名が「モリオ」と判明し「モリオの上に何か付くでしょ?」「二度寝のモリオ」と即答するくだりは何度聴いても笑える。遠回りしながらやっと苗字がコバヤシと判明して「ひょっとしてこれ(小林盛夫)?」「あ、それそれ」「小さんの本名だね。四代目三木助も」 続く学歴のくだりでも繰り返される不毛なやり取りに疲れ果てた代書屋が「あなた、どういう人なんだ」と呆れると「人となり? 履歴書をごらんなさい」でサゲ。職歴まで行く必要がないという斬新な演出。今や『代書屋』は「白酒で聴きたい噺」だ。

白酒は高座を降りずにそのまま『青菜』へ。お屋敷での植木屋のリアクションも面白いが、長屋に戻ってからの植木屋夫婦の会話の楽しさが格別だ。お屋敷の隠し言葉に感心した女房が積極的に「いいじゃないそれ! うちでもやりたいわ! 八っつぁんが来たから今すぐやりましょ!」と言って自ら押入れに入っていくという展開は白酒だけ。お屋敷での「これ、“直し”じゃないですか?」「おわかりか」の再現とばかり、八五郎の「これ、ゆんべの酒じゃねえか」や「イワシの塩焼きじゃねえか」に植木屋が「おわかりか」と繰り返すのも楽しい。植木屋夫婦が“隠し言葉”に夢中になる様子の可笑しさは白酒ならでは。

市弥の『紙入れ』は年上の色っぽい人妻に強引に口説かれてビビリながらも抗えない弱気な色男が真に迫っている。「たとえ亭主が手紙を読んだとしても、テメエの女房取られるようなバカな男だ、そこまでは気づかないんじゃねえかな」という亭主の台詞でサゲず、それを聞いた女房の「旦那、そんなことも気づかないんですか? じゃあ新さん、これ忘れ物」と目の前で紙入れを手渡してサゲ。どこまでも大胆な女房だなあ…という皮肉な噺。

『臆病源兵衛』は先代馬生の演目。どちらかというと珍品に近かったこの噺が今ではかなりポピュラーになっているのは、五街道雲助が継承し、弟子の白酒や馬石がそれを積極的に演じているからだろう。とりわけ白酒は、八五郎の入ったつづらを不忍池に捨てに行った源兵衛が酔っ払いに驚いてつづらを放り出して逃げた後の展開に独自の工夫を加え、なんとも楽しく演じている。

馬生の『臆病源兵衛』では目覚めた八五郎が根津の遊廓に行って「ここは極楽ですか? 地獄ですか?」と尋ねて廻り、ニワトリの羽根をむしっている老婆の「あたしは娘のおかげで極楽だよ」でサゲていたが、白酒は死に装束の源兵衛が「やった、ここは極楽だ!」と喜んでいるのを見た根津の遊廓帰りの二人連れが「見ろよ、粋な野郎じゃねえか。地獄に仏だ」でサゲ。白酒は比較的“サゲの改良”に熱心な演者だが、これもわかりやすくていいサゲだ。

次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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