「祈り」

祈りとは、すがるものではありません。
祈りとは、「信頼」の想起。
信頼とは、自身の採用する「前提」のひとつのありようです。


祈りがこのようである時、祈りはヒーリングになり得ます。
そこにベクトルはなく、そのありようのスイッチをオンにする、ただそれだけです。

ですが、ただそれだけのことが、私達の従来の観念・概念、これまで採用してきた「前提」においては、非常に難しく演出されます。

だからこそ、この時期、さまざまな変化や、いわゆる「トラブル」が多く起こります。
個人的な日常にも、社会的にも、世界的にも。

それは、決して悪いことが起きているのではなく、必要なスイッチをオンにするためのサポートとして、徐々に従来の価値観や前提を崩す流れが起きているといえます。
大きなうねりです。

そのうねりにどう乗っていくかは、千差万別、個々に独創的です。
「不要なモノを手放すこと」をとおしてテイクオフする人もいれば、「不要なモノを手放さなければならない」という観念を手放すことをとおして身軽になっていく人もおり、またそうとみせかけて、やっぱり、、、など。あるいは、「不要なモノを手放す」様式など必要のない調和に満ちた世界への移行をもたらすのはどんな在り方なのか、自分の盲点をみつけていく作業でもあります。
今は、どんな場合も大切なのは、その都度わいてくる自身の「感覚」にこそ意識的であるということです。

そして真に楽しむことです。
大いに全身と全感覚をつかって、日々深く楽しむことです。

私自身まだまだ不安定に停滞してみたり、失敗してみたり、かたよってみたり、葛藤もしてしまいます。
でも問題ありません。
それらは提示された機会です。

すべての責任は自分にあり、それ以上でもそれ以下でもなく、単にわいてくる「感覚」を扱っていく機会です。 扉です。
扉をみつけてはその先へいくことを楽しむのです。

その途上、もしも「祈り」というキーワードに惹かれるのなら、ぜひ祈ってみてください。
すがるのではなく、ありようを深く想起するのです。
自身への信頼、他者の在り方への信頼、事象への信頼、現在過去未来への信頼、宇宙への信頼。
「信じる」とは異なります。
信頼という言葉が意味をなさない状態、それこそが信頼のありようです。
ただ安心してリラックスして、感覚を深くひろげます。

抽象的なお話ではなく、非常に実際的なこのスイッチ作業は、絶大な作用と実感をもって、何かしらの「前提」を解かしていくことでしょう。

繰り返しますが、これは決して抽象的なお話ではなく、ごく日常のごく実際的な、行動のお話なのです。 行動には力があります。


エネルギー的にひときわ大きなうねりがあと数日でやってきますね。
祝福とするも、災難とするも、私達は自由に決められます!


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